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「こぼれない出前そば」を支えるマルシン出前機、日本唯一の技術とは 全国で唯一となった出前機の製造販売を手がける「マルシン」

投稿日: 2019年12月8日
産地: 東京
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全国で唯一となった出前機の製造販売を手がける「マルシン」

あっという間に年末も近づいてきました。

年越しそばを出前する方もいるのではないでしょうか。

そばの出前というと、バイクで運ばれてくることが多いですが、つゆがこぼれずに届きますよね。

これ、ごく当たり前になっていますが、改めて考えてみるとすごいことだと思いませんか?

バイクに揺られても、なぜこぼれないのか。

その秘密は、この出前機です。

マルシン出前機

街のお蕎麦やさんのバイクに乗っている、あれです。

昭和30年代に開発され、日本の高度成長期に活躍した出前機。かつては3社で作られていましたが、現在は1社となりました。

開発から50年以上、出前機の製造・販売を手がけるマルシンを訪ねました。

つゆがこぼれないことが絶対条件

府中市にある株式会社大東京綜合卸売センター。

マルシン出前機

その一角に、業務用の調理道具を扱うお店「マルシン」があります。

マルシン出前機

ここで販売しているのが「マルシン出前機」です。

マルシン出前機

株式会社マルシンの代表、森谷庸一さんにお話を聞きました。

「うちは、昭和40年頃から作っています。私も生まれる前の話なので、詳しい開発経緯はわからないのですが、最初に作ったのはエビス麺機製作所というところです」

エビス麺機製作所の出前機が開発されたのは昭和30年代前半。とある日本蕎麦屋さんが考案し、商品化されたそうです。

「うちは出前機の製造販売からはじめて、だんだん他の調理道具を扱うようになって、今の形になりました」

出前機の製造は、創業時から変わらず群馬県にある協力工場で行われています。

「部品はいろんな工場で作っているので、それを群馬に集約し、溶接と組み立てをして、こちらで出荷しています」

マルシン出前機

お店ではパーツだけの販売もしている

販売当初からこれまで、大きなモデルチェンジはないそうです。

「素材を見直して新しくしたパーツもありますが、色も形も構造も変わっていません。それだけ優れてもいるんでしょうが、そもそも完成しないと商品にならなかったってことなんでしょう。今も変わっていないのは、手を加える必要がないのだと思います」

ちなみに、エビス出前機も構造は同じだそうです。

全国どこでもこの出前機を使っているのでしょうか?

「南は沖縄までありますが、北は仙台より上からの注文はほとんどないんです」

寒い地域では冷めてしまうからか、出前は車で運ばれてくることが多いようです。

シンプルながら優れた構造

では、どうしてつゆがこぼれないのでしょうか。

こちらはカタログにある出前機の構造です。

マルシン出前機

注:古い型のため、背当シートなどない部品もあります

要となるのは、厚くて弾力性のあるゴムでできた空気バネの部分。

「今でいうエアーサスペンションですね」

マルシン出前機
マルシン出前機

特許も取得した優れもの

バイクが走行中に揺れてもバネで緩和され、荷台は振り子のように水平に動いて傾かないようになっています。

マルシン出前機

出前機を斜めにしても荷台は水平が保たれる

マルシン出前機

バネが伸び縮みして揺れを吸収

マルシン出前機

すごいシンプルな構造!

「説明すると、みなさんそうおっしゃいますね。もっとすごい構造かなと思われていらっしゃるんですけど」

もう一つ大事なのが丼を上から押さえる荷台部分。

マルシン出前機

中央にあるスプリングの働きによって、程よい力で上から丼を押さえ、左右の揺れを防ぎます。

マルシン出前機

「どの部分も大事ですね。どこか1個が欠けても商品として成り立ちません」

出前機がオリンピックの聖火を運んだ!?

構造の優秀さがわかるエピソードがあります。なんと、1972年の「札幌オリンピック冬季大会」の時に、聖火を運んだのです!

マルシン出前機

「聖火ランナーが持つものとは別に、予備の聖火を運んだみたいですね。1964年の東京オリンピックではエビスさんの出前機で運んだようです」

予備とはいえ、万が一に備える大事な聖火。伴走する車で運ぶよりも安全だと判断されたのかもしれません。

日本の食文化を支えてきた

現在、販売されているマルシン出前機は4種類。

日本そば屋や一般食堂用の1型。寿司店など岡持桶を使う2型。

マルシン出前機

(カタログより)

中華料理などアルミ出前箱を乗せられる3型。自転車用の小さな5型。

マルシン出前機

(カタログより)

運ぶものによって使い分けることができるので、出前をするお店は重宝しますね。

「開発当初はそんなに売れてなかったみたいですが、昭和40年代、高度成長期になって売れ始めたと聞いています」

生活が豊かになり、仕事も忙しくなると、仕事先や自宅で出前をとる人も多くなる。

それまでは、自転車で肩にいくつもせいろを重ねて運んでいたことを考えると、画期的な開発であり、考案したのがお蕎麦やさんというのもわかる気がします。

しかし、その後、出前機に転機が訪れます。

「1970年の大阪万博の時、ファーストフード店が初登場したんです」

同時期にファミリーレストラン、コンビニが登場。

「それまで、出前でお蕎麦やカツ丼を食べてた人たちが、ファーストフード店やファミレスに行くようになって、日本の食文化が変わってきたんです」

マルシン出前機

出前が少なくり、出前機の需要も低迷する中、今度は新しくデリバリーピザが登場。

「ピザができるならと、いろんな食品の宅配がはじまると、出前機を使わないと運べないというお店もあって、また出前機が出るようになりましたね」

それでも出前機の需要はかつてほどなくなり、製造する会社もマルシンさんだけになってしまいました。

「街のお蕎麦屋さんも減ってきましたよね。あったとしても立ち食い蕎麦屋とか。昔から街に馴染んでるようなお蕎麦やさんで、今も一軒で5台使ってくださってるところもありますけど、全体としては少なくなりましたね」

革新的な発明だった

高度成長期からこれまで、日本の食文化の変化とともに活躍してきた出前機。

お蕎麦屋さんが必要としなければ誕生しなかったのでしょうか。

「どうなんでしょうね。道具というのは、これがあったら便利だなというところから始まっている気がするので、それと同じじゃないんですかね」

マルシン出前機

それまで手で運んでいたところから、出前機ができる。

「すごいですよね。洗濯板から洗濯機ができるぐらい革新的なものだったんじゃないですかね」

この先、出前機はどのようになっていくのでしょうか。

「作っているところはうちだけになってしまったので、出前機を必要としている方がいる以上は、なるべく長く作り続けたい、販売し続けたいですね。これでずっと生活させてもらってきたわけですから、続けていかなきゃなと思っています」

マルシン出前機

お話を伺った森谷庸一さん

街で出前機を乗せたバイクを見かけたら、ぜひ美しく滑らかな動きに注目してください。

実際に見ると感動すること請け合いです。

<取材協力>
株式会社 マルシン
東京都府中市矢崎町4-1大東京綜合卸売センター第3通路東側
042-364-0933

文・写真 : 坂田未希子

*こちらは、2018年12月29日の記事を再編集して公開しました。

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