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「能面」には「利き顔」がある。その役割と表情の秘密 古典芸能入門「能面」

投稿日: 2018年11月10日
産地: 東京
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みなさんは古典芸能に触れたことはありますか?

独特の世界観、美しい装束、和楽器の音色など、なにやら日本の魅力的な要素がたくさん詰まっていることはなんとなく知りつつも、観に行くきっかけがなかったり、そもそも難しそう‥‥なんてイメージを持たれている方も多いのではないでしょうか。

気になるけれどハードルが高い、でもせっかく日本にいるのならその楽しみ方を知りたい!そんな悩ましき古典芸能の入り口として、「古典芸能入門」を企画しました。そっとその世界を覗いてみて、楽しみ方や魅力を見つけてお届けします。

「能面」の役割と秘密に迫る

今回は、能の舞台で使われる「能面」の世界へ。能面の役割と、豊かな表情の秘密に迫りました。

まずは「能」について簡単に触れておきましょう。

能は、能面をかけて演じる一種の仮面劇です。人ならざるものを演じる主役 (「シテ」といいます) は多くの場合、能面を身につけて登場します。

物語の冒頭に登場するワキと呼ばれる脇役によって、観客はシテのいる異界へと誘われる形で能楽の鑑賞が始まります。能のストーリーはシンプルで象徴的です。話の筋を追うというよりは、物語の主題となる「悲しみ」などの感情や、クライマックスに向かって演じられる舞の「高揚感」そのものを味わいます。

※詳しくは「古典芸能入門 『能』の世界を覗いてみる 」をご覧ください。

能ではなぜ仮面をつけるのか?

シテは神様や鬼、幽霊など異界の者であることが多く、私たち観客はシテを通じて「あちら側の世界」を垣間見ることになります。

こちら側とあちら側 (異界) を繋ぐ役割となるシテは、舞台上で生身の人間としてではなく、異界の者になりきることが求められます。連載の「」の回でお話を伺った能楽師の山井綱雄 (やまい・つなお) さんは「能舞台に立つにはトランスフォーメンション (変身) が必要です」とおっしゃっていました。

装束を身にまとい、全ての支度が済んだ演者は、「鏡の間」と呼ばれる舞台のすぐ奥に位置する特別な部屋 (揚幕1枚を隔てるだけで舞台と地続きの空間は、演者にとって舞台の一部。演者が精神を統一する空間です) で、鏡の前で厳かに能面を身につけます。

能面を身につけることは「つける」ではなく、「かける」と表現されます。魔法にかけられるような「変身」「憑依」の意味合いが感じられますね。

能面は、面 (オモテ) とも呼ばれますが、オモテに見せる顔をつけることで、演者はそのウラの暗闇の中に姿を隠すのだそうです。

日常生活において、お化粧をすることでシャキっと気合いが入り、モードが切り替わったり、振る舞いに差が表れたりといった経験をお持ちの方は多いのではないでしょうか。さっきまで部屋でダラダラとしていた自分はどこへやら。素顔と異なる顔で覆うだけで別の人格が姿を表すというのはなんとも不思議です。

能の世界でも、面をつけることは見た目としての変身に加えて、演者本人が内面から変身するための重要な役割を担っているというのにも頷けます。

若い女性の面「小面 (こおもて) 」

若い女性の面「小面 (こおもて) 」 写真提供:新井達矢

能面は無表情ではない?

ところで、「能面のような顔」という表現は、無表情で何を考えているかわからない様子を指しますが、能面は本当に無表情なのでしょうか。たしかに、展示されている能面を眺めると、女面などは表情が読み取りにくく感じます。

しかし不思議なことに、物理的には変わることのないはずの硬い木でできた能面を通して、舞台上で私たちは豊かな表情を見つけることができるのです。

例えば、一般的に怖いお面のイメージを持たれることの多い「般若 (はんにゃ) 」からは、怒りだけでなく、鬼になってしまった女性の悲しみや苦しみが感じられ、せつなくなります。

女性の怨霊を表現する面「般若」

女性の怨霊を表現する面「般若」

「小面」などの無表情に見える女性面も、悲しみのあまり涙を流しているようにすら見えたり、舞がクライマックスに向かう部分で恍惚とした表情が浮かび上がったり。様々な表情の移り変わりに驚かされます。

「曖昧な表情」「非対称な作り」に秘密。能面にも「利き顔」?

演者によって命が吹き込まれること、観客が投影する心情による効果は大きいですが、実は、能面の「曖昧な表情」や「非対称な作り」にも秘密があります。

この「曖昧な表情」は「中間表情」などと呼ばれることもありますが、おそらくはあらゆる「表情の元」を少しずつ備えているのではないかと言われています。これが演者の表現と結びつくことで多様な表情が浮かび上がります。

能面は左右が「非対称な作り」になっています。その違いは「陰と陽」とも呼ばれます。私たち生身の人間の顔も左右非対称で、カメラに向ける「利き顔」とも言うべき好きな角度がある方もいらっしゃいますね。

左右非対称に作られている女面。左右で目尻や口角の向きなど見比べてみてください。あからさまな違いはないですが、このわずかな差によって多様な表情が浮かび上がります。 写真提供:新井達矢

左右非対称に作られている女面。左右で目尻や口角の向きなど見比べてみてください。あからさまな違いはないですが、このわずかな差によって多様な表情が浮かび上がります。 写真提供:新井達矢

加えて、顔の上下の動きでも表情は変化します。能では、やや仰向けにすると高揚した様子(「照ル」といいます)、少しうつむくと陰りのある様子 (「曇ル」といいます) が表現されます。ほんの少しの角度の違いで、喜びや幸福感、いじらしさや悲しみに暮れる様子、恥じらいや絶望など様々な表情を感じさせるのです。

在原業平の顔を表したといわれるアンニュイなハンサム面「中将 (ちゅうじょう) 」

在原業平の顔を表したといわれるアンニュイなハンサム面「中将 (ちゅうじょう) 」

面をわずかに傾けるだけでも表情が変化します

面をわずかに傾けるだけでも表情が変化します。少し険しい表情?

無表情に見える能面に何か不気味さや怖さを感じている方は、ぜひ一度、能舞台の上で能楽師の顔にかかった能面をご覧になってみてください。 畏怖の念を抱くことはあるかもしれませんが、演者と一体になった能面からは、生きた多様な表情をきっと受け取ることができるでしょう。

※本日掲載した能面は、全て新井達矢 (あらい・たつや) さんの作品です。明日お届けする後編では、面に魅入られ、その才能を日々磨き続ける若き職人、新井さんを訪ねます。

<参考文献>
『お能の見方』増補改訂版 新潮社 著者・白洲 正子、吉越 立雄 (1993年)
『能って、何?』 新書館 編集・松岡 心平 (2000年)

文・写真:小俣荘子 (「小面」写真提供:新井達矢) こちらは、2017年9月23日の記事を再編集して公開しました。

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