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江戸硝子の豆皿。

江戸硝子とは。江戸に花開いた和硝子の歴史と現在

投稿日: 2020年6月23日
産地: 東京
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涼しげな江戸硝子。

どこか素朴な味わいは、すべての工程を職人の手で作ることから生まれます。

今日は江戸硝子の魅力、歴史に迫ってみましょう。

江戸硝子とは。

「江戸硝子」とは、江戸時代からの伝統を継承し、東京をはじめ千葉の一部で手作りされているガラス製品をいう。

すべての工程が職人の手によるその製品は、ひとつとして同じものが存在しない。色やデザインも様々あるが、どれも手作りらしい温かみが感じられる。2014年に国の伝統的工芸品に指定。

「江戸硝子」づくりは、ガラスを1400度の高温で溶かして水飴のような状態 (硝子種) を作ることからはじまる。成形には現在、大きく分けて「宙吹き(ちゅうぶき)」「型吹き (かたぶき)」「押型」の3つの手法がある。

・宙吹き (ちゅうぶき)
吹き棹に種を巻き取り、息を吹き込んで硝子に空気を送り、成形する。

・型吹き (かたぶき)
ガラス生地を棹に巻き取り、金型に の中で棹に息を吹き込んで成形する方法。

・押型
上下セットになった押し型にガラス生地を型に流し込み、プレスして成形する。

これらの製造における主要部分はどれも職人の手作業だ。

ここに注目。江戸硝子と江戸切子の違いは?

切子の文様が施されたグラス

切子の文様が施されたグラス

どちらも江戸で発祥したガラス製品である「江戸硝子」と「江戸切子」。では、それぞれの違いはどこにあるのだろうか。

実は「江戸硝子」に切子文様 (カット加工) を施したもののことを、「江戸切子」という。つまり「江戸切子」は、「江戸硝子」をもとに作られているので、大きくわければ「江戸切子」も「江戸硝子」のひとつだといえる。

江戸硝子の歴史

日本のガラス作りの歴史は、弥生時代までさかのぼる。大陸から伝わった技法により、当時は勾玉や管玉などを作っていたが、その技法は中世以降一度途絶えてしまう。その後、再び日本の歴史に登場するのは、江戸時代に入ってからのことだった。

ポルトガルやオランダなどからガラス製品が長崎に伝わり、国内でも「ビイドロ」という名で作られるようになった。その技法は、ヨーロッパ由来でなく中国の技法に似ていることから、技法そのものは中国から伝わったのではないかと考えられている。製法はやがて大阪や京都、江戸へも伝わった。

記録によると、江戸ではじめてガラスが作られたのは1711年頃のこと。源之丞という職人がガラスを吹いたと『嬉遊笑覧』という随筆集に記されている。また、江戸の地理誌『武江年表』(1751年〜1764年) にも、ガラスが作られていたという記述が残っている。

◯眼鏡にかんざし、風鈴。江戸の町のガラスづくり

「江戸硝子」の風鈴は涼やかな外見と音が特徴

「江戸硝子」の風鈴は涼やかな外見と音が特徴

ガラスの製造を江戸に広く普及させたのが、日本橋のガラス問屋・加賀屋久兵衛 (かがや・きゅうべえ) と浅草のガラス職人・上総屋留三郎 (かずさや・とめさぶろう)の2人だ。

加賀屋久兵衛は1834年、金剛砂を使ってガラス面に彫刻を施した。これが「江戸切子」のカット技法の始まりであるとされている。その後、加賀屋のもとで切子の皿や重箱、食籠、盃、眼鏡などが作られるようになった。

一方、上総屋留三郎はガラス製品のかんざしや風鈴、万華鏡、金魚鉢などを販売。江戸の下町を彩るアイテムとして、これらは爆発的な人気を集め、ガラスは庶民にも身近なものとなった。

幕末になると、切子の技術は薩摩へも伝わり、藩主・島津斉興が江戸から加賀屋の優秀なガラス職人を招聘するようになる。こうして次の薩摩藩主・斉彬のもとで、「薩摩切子」の文化が花開いた。

◯夜を明るく照らす石油ランプの登場

ガラスの製造技術は、幕末から明治維新にかけて西洋文明の輸入とともに発展した。1859年、日米修好通商条約が結ばれ、横浜港が開港。これにより、石油ランプが輸入し急速に普及されるようになった。初期は外国製のランプのみだったが、加賀屋や上総屋といったガラス業者は新しくランプのガラス部分の製造に取り組み始めた。

1866年、加賀屋庄兵衛 (かがや・しょうべえ) らがランプを作るようになり、続いて加賀屋や上総屋共に火を覆うホヤの製造に成功。こうして日本生まれのガラスが、夜道を照らす灯となっていった。

◯日本初の西洋式ガラス製造工場が東京ではじまる

日本では明治維新まで、日用品やランプなど小さなガラス製品の製造がメインだったが、近代化にともない板ガラスや航海灯などの大型のガラスの需要が増した。そんな中、1873年には民間のガラス工場「興業社」が設立。1876年になるとその重要性から政府が買収し官営の「品川硝子製作所」が誕生した。

さらに1877年には、第1回内国勧業博覧会に「江戸硝子」が出品される。

2年後の1879年には、硝子の製造者組合である「東京はり製造人組合」が設立。集結した「江戸硝子」のガラス職人たちや招聘したイギリス人技術者らにより、板ガラスの製造が試みられたが、採算が取れず官営「品川硝子製作所」はほどなく民間へ売却された。

民間となった工場は、その後生産性を上げることに成功。陸軍用の水瓶、薬用瓶、食器などのほかビール瓶などのさまざまなガラスの製造を行った。しかし、1892年には恐慌などの影響を受け解散。

結果として日本初の大規模ガラス工場は20年あまりで幕を閉じたものの、この工場が日本のガラス技術を向上させ、東京を日本有数のガラスの産地へと押し上げたのは間違いない。

その後、関東大震災や第二次世界大戦の東京大空襲があり、町なかの工場は被災。大きな被害をうけたものの、のちに多くの工場が復興を遂げ、「江戸硝子」の伝統が今日まで受け継がれてきた。

<関連の読みもの>
「薩摩切子とは。幕末に生まれた「幻の切子」のあゆみ。江戸切子との違いは「ぼかし」にあり」
https://sunchi.jp/sunchilist/satsuma/116284

現在の江戸硝子

HARIOの耐熱素材を使ったピアス

HARIOの耐熱素材を使ったピアス

現在も東京は、江戸から続くガラスの一大産地となっている。

その中には誰もが知っているガラスメーカーやブランドも多い。透明度が高く薄いガラスでできた「うすはり」で有名な松徳硝子株式会社、耐熱ガラスの大手HARIOなどがあげられる。

HARIOは、ガラス作りの繊細な技術を継承する一環として、涼やかで丈夫なガラス製のイヤリングなどを製造・販売している。

「ハリオのアクセサリーは使い手にも職人にも優しい。ランプワークファクトリーで知る誕生秘話」
https://sunchi.jp/sunchilist/tokyo/101908

現在は千葉県の九十九里に拠点を移し、工場見学などが人気の菅原工芸硝子も創業は東京だ。

「ガラスは液体?シークレット工場見学で知った真実」
https://sunchi.jp/sunchilist/kujyukuri/80485

江戸から伝わる技術が、現代の東京にも伝わっていることが伺える。

関連するアイテム

江戸硝子の豆皿 (中川政七商店)

中川政七商店の江戸硝子の豆皿

中川政七商店の江戸硝子の豆皿

中川政七商店が、1917年 (大正6年) より東京でガラス製造を続ける岩澤硝子株式会社とともに作った豆皿。ガラスの種を落とした型を高速回転させ、遠心力によって成形する「スピン成形」という方法で作られる豆皿は、形に微妙な揺らぎが出るのが特徴。

江戸硝子のおさらい

◯素材
硅砂、石灰、ソーダ灰や酸化鉛などが原料。色をつけるために別の原料が必要になることも

◯主な産地
東京、千葉

◯代表的な技法
・宙吹き
・型吹き
・押型
 他の製法として、スピン成形、延ばし成形、圧迫成形などがある。

◯数字で見る江戸硝子
・誕生:1711年頃
・東部硝子工業会会員数 個人会員51、団体会員5、賛助会員8
・東京都認定伝統工芸士 「江戸硝子」部門に15名認定
・伝統的工芸品指定 都による指定 2002年、経産省による指定2014年

<参考>
NHK 「美の壷」制作班『NHK 美の壷 切子』日本放送出版協会 (2007年)
遠藤元男、竹内淳子著『日本史小百科11 工芸』近藤出版社 (1980年)
博物館明治村
https://www.meijimura.com/enjoy/sight/building/4-45.html
一般社団法人東部硝子工業会
http://www.tobu-glass.or.jp/
品川区立歴史博物館
https://www.city.shinagawa.tokyo.jp/jigyo/06/historyhp/pdf/pub/kaisetsu/cs16l.pdf
( サイトアクセス日 : 2020年4月17日 )

<協力>
一般社団法人東部硝子工業会
http://www.tobu-glass.or.jp/

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