さんち 〜工芸と探訪〜

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不景気のときは優しい顔 時代を生きる奈良人形 一刀彫・高橋勇二さん

投稿日: 2016年11月1日
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こんにちは。さんち編集部の尾島可奈子です。
ここのところ郷土玩具やこけしなどの人形が若い人たちの間でじわじわと人気ですが、もともと人の形をものに写した「人形」は、信仰の対象としてつくられたのがそのはじまり。神社のお祭に用いられていた人形が、次第にみやげ物として土地の名物になっていったケースが、奈良に残っています。古くは奈良人形と呼ばれ、今は奈良を代表する工芸品となった芸術的な木の彫刻「一刀彫」。長谷寺ほど近くに工房を構える、高橋勇二さんを訪ねました。聞けば、人形の顔が、変わる? と言っても、怪談話ではありませんよ。

衣擦れの音が聞こえてきそうな木彫の舞姿

素材を大胆に彫り上げる一刀彫は、もとは奈良人形と呼ばれ、その起こりは奈良を代表する神社・春日大社の祭礼、若宮おん祭りに用いられた神事用の人形だったといわれています。その彫り師が技術と題材を活かし、奈良人形は次第に奈良の名物として市井に浸透していったようです。
おん祭で能・狂言と共に奉納されていたことから、題材には能や狂言のワンシーンが用いられることが多いのも特徴のひとつ。演者の一瞬の姿を切り取った人形の佇まいは、大作ともなると着物のしわやひだ、質感が、とても木で出来ているとは思えないほど。今にも衣擦れの音が聞こえてきそうです。

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演者の息づかいや、緊張感まで伝わってきそう

能面師希望の秋田の青年が、奈良で一刀彫の彫師になるまで

「一刀彫は面で押さえます。能の演目が題材に多いのは、ばりっとした着物の装束が、一刀彫に向いていたのもあるでしょう。演目も多いですしね」
作り手の高橋勇二さんは、秋田のご出身。能面を作りたい、と思い立って20歳で単身関西に飛び、弟子入りした先が一刀彫を扱っていたのが、この道への入り口でした。ノミを研ぐところからはじまり、はじめに作るのは1寸(およそ3cm)ほどのお雛様。100個つくってようやく1つ売れるところを、作り続けて100個つくって100個売れるようになったら、ようやく次の題材に取り掛かる、という修行時代をすごします。そして、「問屋さんに言われたとおりのものだけを作っていては、技術が育たない」と3年半で独立。大阪市立の美術研究所で4年、デッサンを学びます。ここで出会われたのが今の奥様、伸子さん。

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夫婦二人で作る工芸品

高橋さんの工房では、彫りを高橋さんともう1人の職人さんとの2人で、彩色は別に4名で行います。この彩色の切り盛りを任されているのが奥さんです。
「一刀彫に限らず、多くの工芸品はほとんどが分業制です。雛人形はよく作家名の書かれた木札がついていますが、あれは細かな工程を束ねる、代表の人の名で出しているんですよ」
まず高橋さんがデッサンを起こし、粘土で原型を作る。ポージングや着物の柄、配色などは昔の職人のいいものを参考に。その上で、どう仕上げるか、夫婦で意見を出し合い、決めていくといいます。

「一刀彫の他の彫り物との決定的な違いは、鮮やかな色彩です。デッサンを起こしても、立体になれば体積は3倍になる。立体になったときにどんな印象を与えるか。大作の場合、実際に作るのはたった1体ですから、案がまとまるまでは思い切りお互いの言いたいことを言い合います」

2人で笑いながら話してくれましたが、奥さんが自分のもうひとつの目になってくれている、だから作品に対して客観的になれる、と小さな声で勇二さんが付け加えました。

一刀でない一刀彫

案がまとまると、いよいよ彫りです。彫りは始めに電動のこで大きく形を切り出し、その後はすべて手作業。道具を使い分けながら形を作っていきます。この日の工房にはまもなく納品という干支の酉のおき飾りが所狭しと並んでいました。

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絵付け前の酉のおき飾り。ここにいたるまでに様々な道具が使われています。



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電動のこで切り出した酉のおき飾り。まだ平面的です。



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平面的な酉にズバズバとノミが入っていきます。



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道具を持ち替えて。



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左下は「げんのう」という道具。柄は手作り。

道具は適材適所と言う高橋さん。工程によってさまざまに道具を持ちかえられていました。名前は一刀彫ですが、その一刀で彫り上げたような大胆で勢いのある彫り跡は、適した道具を多種多様に使い分けてこそ生まれていたのですね。長年の研究の結果これがベスト、と握り方を見せてくれた小指には、大きな握りダコができていました。

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様々な道具と手わざを経て、もうすぐ彫りが完成。

12年たつと顔が変わる?干支飾りの秘密

彫りができあがったものは、一度色映えをよくするために脱色した後、最後の工程、彩色へ。広々とした和室のギャラリーの奥、彩色の作業部屋を見せていただきました。中では日本画家を志していたというお弟子さんが、先ほどの酉の飾りに絵付けの真っ最中。

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パーツごとに順番に色を塗り分けていきます。



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完成形。これを見本に色をつけていきます。

話を伺ううちに、そうそう、この酉の表情も、時代によって変わるんですよ、と12年前の酉の置き飾りを見せてくれました。

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左が2005年前の酉飾り。右が来年の酉飾り。

「社会が元気なときは、ごてごてっとした色彩のものが受けるみたいですね。不景気なときは、自然と優しい顔になります」

確かに12年前と比べると、来年の飾りはより目が大きく、形もぽってりと丸みを帯びています。その時々の社会の空気感に合わせて、彫りも絵付けも微妙に変えていることがわかります。

高橋さんの工房があるのは、思わず深呼吸したくなるような、静かな山あい。そんな人里離れた環境で生みだされる一刀彫の数々は、しかししっかりと時代の空気を吸って、進化を続けていました。

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ギャラリー手前の丘から臨む風景

「展示会にずっと出していると、疲れた顔をしてかえってくるんですよ。ものには鮮度があるんです」

海の近くの、活きのいい魚を出す小料理屋の主人のように、海の無い奈良の山深い庵で、にっこりと木の名工が語るのでした。

高橋勇二さんギャラリー
住所 奈良県桜井市大字岩坂779-12
0744-47-8764
http://www2.odn.ne.jp/~u-takahashi/

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山あいの丘に車を止めたら、ギャラリーまで徒歩で坂を上ろう。



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美しく手入れされたギャラリーまでの小径。



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庵と呼ぶのがぴったりのギャラリー内。そこかしこにかわいらしいしつらえが。

文:尾島可奈子
写真:木村正史

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