さんち 〜工芸と探訪〜

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「3月のライオン」に登場する将棋駒は退会駒?道具の秘密を追って 山形県 天童将棋駒の伝統工芸士・掬水さんの将棋駒

投稿日: 2019年3月17日
産地: 天童
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「ハチミツとクローバー」で知られる羽海野チカさんによる人気漫画『3月のライオン』。

2017年には実写版映画が公開され話題となりました。若き天才ともてはやされる17歳のプロ棋士を描いたこの作品。ストーリーはもちろんですが、やっぱりさんち読者の工芸ファンの方々は、対局のシーンで使われている美しい将棋駒が気になったのではないでしょうか。

どこで、どんな風に生まれ、どんな物語が隠されているのか。劇中で登場する美しい将棋駒について、映画の装飾を担当された渡辺さんにお話を聞いてきました。

©2017映画「3月のライオン」製作委員会

©2017映画「3月のライオン」製作委員会

-映画で使われている駒は、シーンによって使い分けられているのですか?

「ほとんどの対局のシーンで将棋連盟のものや実際の棋士の先生がお持ちのものをお借りしましたが、その中で3つ、特別なものを用意しています。

映画前編(映画は前後編の二本立て)の冒頭・名人戦の対局時、映画後編のラストの対局時、そして神木隆之介さん演じる主人公の桐山零くんが自宅で使っている駒の3つです。

どのシーンも映画で非常に重要なシーンだったり、想いの込もる道具なので、きちんと選んで用意したものを使いたいなと思っていました」

主人公の将棋駒に隠された秘密

©2017映画「3月のライオン」製作委員会

©2017映画「3月のライオン」製作委員会

-主人公が自宅で使っている駒は、物語の中でも重要な役割がありますよね。

「桐山零くんの駒は実際に使ったものが今ありますよ。ちょっと待ってくださいね」

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「こちらです。映画本編ではほぼわからないのですが、この桐山零くんの駒には実は僕から監督に提案した隠れた設定がありまして。

将棋界には奨励会(正式名称は新進棋士奨励会)という、プロ棋士を目指す方々が所属する研修機関があるんですね。そこで四段に昇段できた、ごく限られた人間だけがプロ棋士になれる。いわば虎の穴みたいなところ。

その奨励会を退会する時に奨励会から将棋駒を贈られる「退会駒」というシステムがあるんです。

原作者の羽海野先生から、主人公の桐山零くんの実のお父さんが将棋をしていたと聞いていたので、お父さんの将棋時代の親友であり、将棋の父である幸田を通じてこれを彼に持たせようと思ったんです。それで、道具としても物語が作れるなと」

箱には桐山零くんのお父さんの名前が。

箱には桐山零くんのお父さんの名前が。

「何十年と使ってきた駒ってどんな風に経年変化するんだろうと思って、実際に色々と見せていただきました。そうすると、つげの飴色がすごくきれいで。みんなの努力の跡ですよね。

今回で言えば桐山親子の努力の跡。その重みを再現しなければと2ヶ月間かけて駒を育てました。

普通に将棋連盟の1階で販売されている比較的安価な駒なのですが、それを日焼けさせたり油を塗り込んだりしてつくっていきました」

袋もくったりと良い感じにくたびれています。

袋もくったりと良い感じにくたびれています。

良い駒を求めて向かった天童で出会った駒師

「冒頭の対局シーンでは天童の掬水(きくすい)さんの駒をお借りしました。掬水さんは将棋駒の伝統工芸士で、息子さんの淘水(とうすい)さんと親子2代にわたって将棋駒をつくられています。

掬水さんのことは商工会の方から紹介してもらって。最初、当たって砕けろで会いに行ったのが出会いです。どんな怖い方が出てくるのかと思っていたら、とってもやわらかい印象で驚いたことを覚えています。

その時は後継者育成講座も見学させていただいたのですが、『王の文字の横文字1本にどういう意味があるか考えてください』なんて授業をされていました。

一筆に対する意味を教えている。これは好きじゃないとできない仕事だなと。その場で今回の映画へのご協力を快く受け入れていただき、今回の撮影が実現しました」

画像提供/掬水

画像提供/掬水

「掬水さんの駒はすべて受注生産のフルオーダーなので、撮影では掬水さんの駒をお持ちの顧客の方にお借りすることになりました。

実際の駒を目にすると、美しさに本当にうっとりしてしまいました。指してみると、映画のシーンでも何度かクローズアップされていたように、指に“チュン”と吸い付く感覚がするんですよね。

棋士の方々は、やはり良い駒はすぐにわかるようです。現場でも『良いの用意できましたね!』なんて言われたりして。主演の神木隆之介さんも“違う”と言ってくれました。やっぱり良い道具を用意すると俳優さんたちも喜んでくれるんですよ」

冒頭の名人戦の撮影風景  ©2017映画「3月のライオン」製作委員会

冒頭の名人戦の撮影風景 
©2017映画「3月のライオン」製作委員会

ラストシーンでは実際の名人戦でも使われた駒を

「後編のラストシーンでは掬水さんの息子さん、淘水さんの駒を使わせていただきました。

お借りしていた掬水さんの駒を返却しに行った日に、ちょうど名人戦が天童で行われていたんですよ。そこでね、迎えにきてくださった掬水さんから『今日の名人戦では息子の駒が使われているんですよ』なんて話を聞いて。

おめでとうございますと言いながら、なかなか技術が継承されなかったり後継者の問題がある中で、この美しい駒を2世代で作っているのがすごいなと改めて思ったんです。

そこで、ラストシーンの駒はもう他のものを用意していたのですが、息子さんの淘水さんの駒をラストシーンのためにお借りできないかってお願いしてみました。その時もダメもとだったのですが、是非にと言っていただいて。

でもまた受注生産なので、どうしようと思ったら『今日名人戦で使っているものをどうぞ』と。もうね、持って帰るのも緊張ですよ。実は掬水さんの駒の時もそうだったのですが、新幹線の中でずーっと膝の上に置いて、トイレにも行けない(笑)

その日の名人戦では佐藤天彦(あまひこ)さんが羽生善治さんに勝ってタイトルを奪取した。まさに時代を変えた駒です。そんな駒を大切なラストシーンに用意することができて、本当におふたりには感謝しています。是非天童にも行かれると良い。おふたりの駒は本当に美しいですよ」

-ありがとうございました。行ってきます!


将棋駒と温泉のまち、天童へ

渡辺さんのお話を聞いて、映画の裏にもこんな物語があったとは、と驚きも冷めやらぬまま天童へ。東京駅から新幹線で3時間、車窓からはまだ残る雪景色を見ることができました。

さくらんぼの木に囲まれた、天童駅からほど近い工房にお邪魔すると、渡辺さんの言っていた通り、とても穏やかな空気で掬水さん、淘水さんのおふたりが出迎えてくれました。

穏やかな笑顔で語る掬水さん。

どうぞ、と早速見せていただいたのは淘水さんの駒。先の名人戦と映画後編のラストシーンで使われた作品です。まさにうっとりするような美しさで、そっと触れるだけで緊張してしまいます。

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将棋駒は製作方法によってスタンプ駒、書き駒、彫り駒、彫り埋め駒、盛り上げ駒と名称が異なります。

スタンプ駒と書き駒はその名の通り、木地に直接文字をスタンプ、もしくは書いたものです。彫り駒は文字を彫って漆をいれたもの。彫り埋め駒は、彫った文字の部分に漆を塗り込み、研いで平滑に仕上げたもの。

盛り上げ駒はその上にさらに文字を漆で盛り上げた最高級品で、タイトル戦で使われるのは盛り上げ駒。掬水さんと淘水さんが作られているのもこの盛り上げ駒です。

それぞれの工程ごとの駒。

左が彫り埋め駒、右が盛り上げ駒。

お話だけではわからないでしょう、と実際の作業も見せていただきました。居心地の良いあたたかい作業場で、現在は掬水さんの娘さんも含めて3人で作業を行なっているそう。とは言っても分担や流れ作業ではなく、ひとりがひとつの駒を担当し、最初から最後まで作っていくのだとか。

製作途中の彫り駒。

駒の木地は伊豆七島のひとつ、御蔵島(みくらしま)のツゲを5年ぐらい乾燥させて使っています。もともとかたく、密度の高いツゲの木地を、陶器の道具で艶出しと木の導管をつぶしてなめらかにしていきます。

そのほかにも山形の刃物、自身で調整して使う蒔絵用の細筆など、ひとつひとつ大切に手入れされている道具を見せていただきました。

この筆を職人さんが自身で調整して使うのだそう。

盛り上げの作業は1枚あたり15分ほど。蒔絵用の細い筆を使って、慎重に慎重に文字を描いていきます。まさに職人技です。

完成した美しい盛り上げ駒。


駒の美しさはもちろん、掬水さん、淘水さんのやわらかいお人柄にも魅せられて、工房を出て帰路につく頃にはすっかり盛り上げ駒の虜になってしまいました。まだ映画を観ていない方は、ぜひちいさな将棋駒たちにも注目してみてください。


3月のライオン

【前編】公開終了
【後編】公開終了
監督:大友啓史
出演:神木隆之介 有村架純 倉科カナ 染谷将太 清原果耶 佐々木蔵之介 加瀬亮 伊勢谷友介 前田吟 高橋一生 岩松了 斉木しげる 中村倫也 尾上寛之 奥野瑛太 甲本雅裕 新津ちせ 板谷由夏 伊藤英明 豊川悦司
原作:羽海野チカ「3月のライオン」(白泉社刊・ヤングアニマル連載)
配給:東宝=アスミック・エース

映画公式サイト 3lion-movie.com

掬水さんのブログ
http://kikusuinokoma.blog.fc2.com

文/井上麻那巳 ※こちらは、2017年3月31日の記事を再編集して公開しました。
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