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信楽焼

信楽焼とは。たぬきの置物から国会議事堂まで「他を抜く」技と歴史

投稿日: 2020年2月13日
産地: 信楽
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信楽焼とは

滋賀県甲賀市信楽町を中心に生産されている陶器、信楽焼。日本六古窯の1つである。粘り気のある良質な土が特徴で、小さなものから巨大なものまで幅広く作られてきた。たぬきの置物が有名だが、かつては甕、壺、すり鉢、近代以降は火鉢や傘立て、浴槽やタイルなど、時代に合わせて人々の暮らしを支える器や道具として発展してきた。

中でも、中世以降の焼締陶器は土の風合いを生かし釉薬を使わずに焼き上げることで、ほのかに赤く発色する「火色・緋色 (ひいろ) 」や、高温でじっくり焼くことで土の中に含まれる成分が表面に白い粒となって現れる「石ハゼ」、薪の灰が溶けて発色する「自然釉」など、人の手で100%コントロールできない土と火が生み出す美しさを見所とした芸術性に着目し茶の湯の世界で愛されてきた歴史もある。

『鬼桶水指 紅かのこ」

室町末期から桃山時代に作られた「鬼桶水指」(所蔵:滋賀県立陶芸の森)

「信楽焼」の歴史

信楽焼の始まりは鎌倉時代 (13世紀) にさかのぼる。

鎌倉時代・室町時代

13世紀ごろには、常滑焼の技法の影響を色濃く受けていた信楽焼。14世紀になると、信楽焼独自の作風も確立されていく。甕、壺、鉢など生活に即したやきもの作りが盛んに行われるように。同時代に開窯した瀬戸、常滑、丹波、備前、越前とともに、日本六古窯 (ろっこよう) の1つとして、歴史長く現在に伝わっている。

鎌倉時代中期の壷 (所蔵:信楽伝統産業会館)

古信楽「大壺」室町時代 SO-081

室町時代の古信楽「大壺」 (所蔵:滋賀県立陶芸の森)

安土桃山時代

土味をいかした、ざっくりとした素朴な風合いの信楽焼は、わび茶の精神性と通じると考えられ、茶人から注目を集めるように。見立て茶器 (本来別の用途の道具を茶の湯で用いること) として扱われるようになり茶道具として美的価値を高く評価された。

桃山時代の鉢 (所蔵:信楽伝統産業会館)

江戸時代

江戸時代には登り窯が築かれたことにより、大規模生産が可能に。また、釉薬を使わない焼締製造が古くからの特徴であったが、全国的な施釉陶器の需要に対応するべく、釉薬を用いた生産も始まった。茶壺が当時の主産品となり、また庶民の暮らしを支える多種多様な生活雑器を生産する一大産地となり発展した。

信楽焼製『掛流茶壺』

「掛流茶壺」 (所蔵:滋賀県立陶芸の森)

明治〜昭和
信楽たぬきの知名度が全国区に。太陽の塔や国会議事堂にも活用

近代化にともない、工業用品として糸取鍋や化学工業用の耐酸陶器など、新しい商品の生産が始まる。鉄道の一般化により増加した旅行者に向けて展開された汽車土瓶を全国に供給したのも信楽であった。江戸時代後期から製造がはじまった火鉢は、急熱急冷に強いことが評価され人気を呼び、全国シェア1位を誇る主力商品となった。また、戦時中に金属供出による代替陶器としても活躍した。

青スダレ焼酎瓶

「青スダレ焼酎瓶」 (所蔵:滋賀県立陶芸の森)

大正〜昭和期の糸取り鍋 (所蔵:信楽伝統産業会館)

海鼠釉薬火鉢

「海鼠釉薬火鉢」 (所蔵:滋賀県立陶芸の森)

信楽でたぬきの置物が有名になったのは1951年 (昭和26年)。信楽に昭和天皇が行幸された際、アーチのように積み上げた火鉢とともに、たぬきの置物を数多く作っていた信楽焼の名工の一人、狸庵(りあん)初代 藤原銕造 (ふじわら てつぞう) 氏の製作したたぬきを中心に、たくさんの信楽たぬきに日の丸の側を持たせて並べ奉迎した。それを見た昭和天皇が喜ばれ、後に「をさなどき あつめしからになつかしも しがらきやきのたぬきをみれば」と詠われた。このことが報道されたことをきっかけに、信楽たぬきが全国で注目されたのであった。

信楽焼のたぬき

信楽たぬき

戦後の経済発展にともない人々の暮らしが変化し、火鉢の生産数は減少。観葉植物の流行に着目して展開した植木鉢が次のヒット商品となる。その後も、傘立てや建築用のタイルなどの素材など、時代に合わせて作るものを変化させてきた。

国会議事堂のピラミット状の屋根にも信楽焼のタイルが使われている

国会議事堂のピラミット状の屋根にも現在は信楽焼のタイルが使われている

1970年に開催された大阪万国博覧会のモニュメント「太陽の塔」。その背面にある直径約8メートルの「黒い太陽」 は、信楽焼のタイルでつくられている。「太陽の塔」作者である岡本太郎氏が、変幻自在な信楽焼の特性と高い技術に着目し採用した。

太陽の塔「黒い太陽」のレプリカ (信楽伝統産業会館 所蔵)

「黒い太陽」のレプリカ (所蔵:信楽伝統産業会館)

また、世界の名画を陶板で原寸大に再現している大塚国際美術館 (徳島県鳴門市) の大型美術陶板も信楽焼の技術や伝統を生かして制作されている。

大塚国際美術館に展示されているスクロヴェーニ礼拝堂の陶板レプリカ

陶板によって原寸大に再現されたスクロヴェーニ礼拝堂。大塚国際美術館の陶板名画は、すべて信楽の大塚オーミ陶業株式会社によって制作されている

現在の「信楽焼」

日々の器や茶陶など変わらず愛され続けているものを残しながら、人々の暮らしに寄り添い変化を遂げてきた信楽焼。近年は、宿泊施設や飲食店などの風呂釜や手洗い鉢など和の演出を行うインテリア製品や、外壁タイルのようなエクステリア製品など建築資材としての需要も高まっている。

信楽焼

大きなものが作れる信楽焼。土の特性と技術をいかした、大きな風呂桶などの需要も高い

特徴と使われ方

古琵琶湖層群から採れる焼き物に適した腰と粘りのある土から生まれる信楽焼。独特のざっくりとした風合いが詫びた景色を生み、人々の琴線に触れてきた。耐火性が高く、大きなものでも壊れることなく焼き上げられるため、手元で使う器から、甕、壺といった貯蔵容器や茶陶、食器や花器、風呂桶など様々な生活の道具に用いられている。

緋色壷

緋色壷 (所蔵:信楽伝統産業会館)

<参考資料・取材協力>
・梅田康夫 編『日本のやきもの3 京都・信楽・伊賀』読売新聞社(1996年)
・平野敏三 著『陶芸の歴史と技法 信楽』秀英社(1982年)
・平野敏三 著『日本のやきもの 信楽伊賀』淡交社(1986年)
・滋賀県立陶芸の森
https://www.sccp.jp/
・信楽陶器工業協同組合
http://593touki.jp/?p=95
・信楽伝統産業会館
http://www.city.koka.lg.jp/shigarakiyaki/
(以上サイトアクセス日:2020年2月13日)

<関連の読みもの>

あの名画の質感を再現。大塚オーミ陶業が手がける「陶板名画」の制作現場
https://sunchi.jp/sunchilist/tokushima/105669

画像提供:信楽伝統産業会館・滋賀県立陶芸の森
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