さんち 〜工芸と探訪〜

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産地の工芸品

長崎

佐世保

させぼこま 佐世保独楽

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概要

丸みを帯びたらっきょう型のフォルムと、中国の「陰陽五行説」に由来する青 (緑) 、赤、黄、白 (生地の色) 、黒の5色を使った彩色、「剣」と呼ばれる鉄が打ちつけられた先端が特徴的な独楽。

遊び方も独特で、「息長勝問勝競べ (いきながしょうもんしょうくらべ) 」の掛け声で独楽を一斉に投げ、一番長く回った独楽が「天下一」の称号を手にすることができる。独楽同士をぶつけ合って遊ぶことから、「喧嘩独楽」の別名も。

1993年 (平成5年) に長崎県の伝統的工芸品に指定された。

歴史

佐世保独楽のはっきりとした始まりは定かではないが、江戸時代中期にその原型は生まれたとされる。当時、博多独楽が全国的な人気を博したが、製作に高度な技術が必要であり、高価なものであったことから、大衆向けの独楽が各地で作られ始めた。
佐世保独楽もその一つだが、そうして生まれた日本各地の独楽の中でも佐世保独楽は個性的だ。

らっきょう型と呼ばれる形は、台湾、インドの系統と見られ、南方から中国を経て長崎に渡来したものといわれている。
独楽の原材料には、硬くて丈夫で、かつ手に入れやすいマテバシイを使用。江戸時代、平戸藩を治めた松浦家が飢饉に備えて食用にもなるマテバシイを植林し、長崎県北部には今でもマテバシイの木が多い。

江戸時代後期以降、佐世保では独楽を回したことがない子どもはいないほど、独楽は子どもの遊びとして定着。それまで各自で作っていた独楽も、大正時代に入ると商品として売られるようになったそうだ。一時期は独楽を作る店が40軒もあったという。

1949年 (昭和24年) 、昭和天皇の佐世保訪問の折に献上されたことから、玩具から伝統工芸品としての佐世保独楽が本格的に製作されるように。同年、来日していたアメリカのデザイナー、ケラー女史に絶賛されると、日本の玩具として初めてニューヨークに出展され、国内外で広く知られるようになった。

現在、佐世保独楽を製作するのは、佐世保独楽本舗の1軒のみ。
佐世保独楽本舗では、独楽を作るだけでなく、独楽遊びの文化を継承すべく、2005年から年に一度、正月に独楽まわし大会を開催。回を重ねるごとに、日本だけでなく海外からの参加者も増えており、正月の佐世保の風物詩となっている。

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