さんち 〜工芸と探訪〜

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産地の工芸品

福井県

鯖江

めがね めがね

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概要

1905年に始まった福井県鯖江市の主要産業の1つ。福井・鯖江では、堅くて軽く金属アレルギーを起こさない「チタン」素材を利用しためがね枠の研究開発に世界で初めて成功し、現在も世界最高水準の技術を有した世界的めがね産地となっている。国内の日本製めがねフレーム生産シェア約95%を占める。

歴史

農地が少なく、冬は雪深く産業がない貧しい農村であった福井県足羽郡麻生津村字生野(現 福井市生野町)。「なんとかふるさとの暮らしを良くできないものか」と、「国産のめがねの祖」とも呼ばれる村会議員の増永五左衛門は農閑期にできる産業を模索していた。1905年、農閑期の副業として、少ない初期投資で現金収入が得られる眼鏡枠作りに着目。当時眼鏡作りが盛んであった大阪や東京から職人を招き、近在の弟子に眼鏡の製造技術を伝えたことが鯖江における眼鏡枠製造の始まりとなった。

当初は、「帳場」とよばれる職人グループごとに眼鏡が作られた。その帳場ごとに職人が競い、腕を磨くことで能力のある職人たちの分業独立が進み、技術も飛躍的に向上。産業の規模も拡大されていく。その後、活字文化の普及と共にめがねの需要も増え、現在の福井市から鯖江市をまたがる地域に広がり、めがねの一大産地となった。1937年には金張枠、セルロイド枠の生産本格化 (工場数70、工員800人、年産13万ダース規模) という記録が残っている。

第二次世界大戦時の空襲によって、他の産地が壊滅的になったことから、戦後さらにめがねの製造量が増加する。加えて高度経済成長の中でめがねの需要が急増し、産地も大きく成長することとなる。セルロイドフレームやサングラス、そしてそれを作り出すブランドが数多く生まれた。1949年には、セルロイド枠の生産全盛期を迎える。製造の自動化などにより生産効率を追求すると共に、品質の向上と技術開発に力を注いでいく。

そして1983年には、世界で始めてチタン金属を用いたメガネフレームの製造技術の確立に成功。軽量かつ耐久性に優れるチタンは、金属アレルギーを起こしにくい素材であることから、「人体に優しい眼鏡」として世界に広まり、国際的なめがねの産地としての地位を築き上げていくこととなった。このチタン加工の技術は、近年では医療や電子機器などにも生かされ、めがね枠としての域を超えて活用されている。

2003年には、 (社) 福井県眼鏡協会と鯖江商工会議所が主体となり、産地統一ブランドとして「THE291(ザ ふくい)」 (産地「フクイ」を数字で表現) を創設。消費者に対して「安心・安全・感動・満足」を与えることをコンセプトに、これまで産地が培ってきた技術とデザイン力を結集して作り上げためがね称号を与え、「高品質」を売りとするブランドの構築を図ろうという取り組み。

福井産 (100%日本製の高品質フレーム) であることを消費者に対して強くアピールすると共に、製品開発から宣伝、販売にいたるまで、一貫して産地企業が行うことで、国内市場に大量に流通する海外製品に対抗することを狙っている。また、この取り組みを通じて、従来のOEM生産 (相手先ブランドによる生産) 主体の産地から脱却を図ると共に、各企業が自社販売に取り組むことで、これまでの「作る産地」から「売る産地」への転換を目指している。

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