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自宅が漆の見本市。100年経っても色あせない「漆塗りの家」

投稿日: 2017年9月10日
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こんにちは。ライターの川内イオです。

今回は越前漆器の職人さんのご自宅を訪問。驚きの「漆塗りの家」をご覧ください。

艶やかな家

「おじゃまします」と玄関に足を踏み入れた瞬間に、思わず「おお!」と声が出た。上がり框から家の奥まで続く板の間が、柱が、天井が、柔らかな光沢を放っている。

福井県は鯖江市の東端、「漆の里」と呼ばれる地域に、この家はある。1793年の創業以来、越前漆器の製造販売を生業とする漆琳堂 (しつりんどう) の7代目、内田清治(うちだ・せいじ)さんと奥さんの美知子さん、その息子で8代目の内田徹(うちだ・とおる)さんのご家族がともに暮らす、築45年の自宅だ。床、柱、天井の見事な艶の理由は、「漆」だった。

玄関をくぐって真正面から見た内田さんの自宅。 (撮影:上田順子)

玄関をくぐって真正面から見た内田さんの自宅 (撮影:上田順子)

いらっしゃい、と温かく迎え入れてくれた美知子さんが、床と天井で使われている漆について説明してくれた。

「これは拭き漆 (ふきうるし) という方法でね。床を張る前の板の状態の時に、生漆(きうるし)を吸い込ませて拭き取って研ぐ、ということを5、6回ほどしたんよ。天井の板も、床と一緒の仕事がしてあるんです」

家が建てられた45年前に漆が塗られた天井 (撮影:片岡杏子)

家が建てられた45年前に漆が塗られた天井 (撮影:片岡杏子)

ひとつの漆器ですら、いくつもの手順を踏んで作られるのに、床と天井に使うたくさんの板を一枚、一枚、漆で塗るという作業にどれだけの労力と時間を要するのか想像がつかない。しかし、床と天井は漆の見本市のほんの入り口に過ぎなかった。玄関の正面に位置する、10畳の和室が隣り合う広々とした部屋は、漆の多様性を表す展示会場のようだった。

自宅が漆の見本市

まず、まるで鏡面のように輝く床の間が目に入る。これは「蝋色(ろいろ)」と呼ばれ、漆塗りの最高峰の仕上げとされている。のぞきこむと、自分の顔が映るほどだが、漆を塗ってから45年経っていると聞いて、目を疑った。徹さんが、説明してくれた。

蝋色で仕上げられた床の間 (撮影:上田順子)

蝋色で仕上げられた床の間 (撮影:上田順子)

「これはケヤキの木地なんですけど、一度、下地として錆漆 (さびうるし) を塗って、真っ黒の状態にするんです。それを全部落とすと、木目のひとつひとつに錆が埋まっているので木地がフラットな状態になる。そこに蜂蜜色の透漆を何度も塗り重ねて研ぐと、鏡面のようになります。それが蝋色で、磨けば磨くほどきれいになるんですよ」

部屋の中央に置かれた黒い座卓も、全体が漆塗り。表面には、鑿(のみ)で漆面に文様を彫り、その彫り痕に金箔や金粉を埋める「沈金 (ちんきん) 」という手法で立派な松が描かれている。座卓の足は、錆漆による「錆地 (さびじ) 」仕上げだ。

繊細な手仕事が光る座卓 (撮影:上田順子)

繊細な手仕事が光る座卓 (撮影:上田順子)

和室の引き戸にも漆が塗られている。この引き戸は「帯桟 (おびせん) 」という木枠を持つ「帯戸 (おびど) 」と呼ばれるもので、美知子さんの「もう100年ぐらい経っているんですよ」という言葉を聞いて、徹さんも「そうなの!?知らなかった」と驚きの声をあげていた。木目が鮮やかで、まるで古さを感じさせない。

徹さんの祖父が現在の場所に引っ越す際に前の家から持ってきたという帯戸 (撮影:上田順子)

徹さんの祖父が現在の場所に引っ越す際に前の家から持ってきたという帯戸 (撮影:上田順子)

100年後が完成形

部屋のなかのいたるところに、さまざまな手法で漆が用いられている「漆塗りの家」。まるで漆の博物館のようですね、と言うと、美知子さんは「以前、うちにいらした方から、伝統工芸の塊と言われたこともあるんです。でも、漆の仕事をしてるから、私たちにとっては普通のこと。生活空間ですよ」と朗らかに笑った。実際、生活するうえでのメリットも大きいという。

「私がやっているのは、濡れ雑巾で拭く、これだけなんです。漆を塗ると傷もつきにくくなるので、特にほかに手入れはしていません」

美知子さんの言葉に、徹さんも頷く。

「漆と他の塗料との違いですね。漆は水拭きするだけでピカピカになって、50年後とか100年後が完成形と言われていますから」

漆を使うと水拭きするだけで50年、100年と長持ちすることはあまり知られていないことだろう。また漆は傷がついたり、古くなった時に、塗り直しもできる。

100年経っているとは思えない帯戸も、美知子さんは「これまでに何度か拭き漆をやり直していると思う」と話す。漆を塗り直すことで、その艶を200年、300年と保つことができるのだ。広島の厳島神社や京都の金閣寺にも漆が用いられていることからも、その耐久性がわかるだろう。

部屋の至るところに漆が用いられている (撮影:上田順子)

部屋の至るところに漆が用いられている (撮影:上田順子)

一般的に漆といえば高級品だが、日々手入れをしながら住むほどに美しく磨かれていき、「伝統工芸の塊」とまで評される家に暮らす。そんな豊かさの形もある。

1500年を超える歴史

「漆の里」では内田さんの家のほかにも、漆がふんだんに使われている家があるという。それは、職人がたくさんいて漆のメリットが知れ渡っているから、というだけでなく、鯖江市の歴史にも関係しているようだ。

そもそも、なぜ鯖江市の一部が「漆の里」と呼ばれるほど漆器の産地として栄えたのか。その歴史は、奈良時代まで遡る。

日本の第26代天皇、継体(けいたい)天皇が男大迹王 (をほどのおおきみ) として越の国(福井県)を治めていたとされる頃、男大迹王が壊れた冠の修理を片山集落 (現在の福井県鯖江市片山町) の職人に命じた。

その職人は、冠を漆で修理し、漆塗りの黒いお椀も一緒に献上したところ、男大迹王はその光沢と出来栄えに感銘を受け、当地での漆器づくりを奨励したという伝承が残されているのだ。

漆は湿度がないと固まらないという特性を持つ。鯖江市の東側は山に囲まれた盆地のような地形で、川が流れ、田んぼも多く、もともと湿度が高い地域で漆器づくりに向いていた。そこに男大迹王からの奨励も加わって、越前漆器が生まれた。

鯖江市街から車で20分ほど走ると豊かな自然が広がる (撮影:川内イオ)

鯖江市街から車で20分ほど走ると豊かな自然が広がる (撮影:川内イオ)

徹さんによると、地域の子どもたちはこの伝承を、小学生の頃に教わるという。まさに漆とともに1500年を超える時間を過ごしてきた町だからこそ、漆が生活にも入り込み、馴染んでいるのだろう。

例えば和裁士が自分の着物を仕立てるように、漆を扱う職人やその家族が自宅に漆を塗るのは自然なことなのかもしれない。

「ここらには漆が塗れる人がたくさんいるから、自分で塗る人もいるし、隣の職人さんに任せることもあります。床の漆は、2004年に私と主人のふたりで塗ったんですよ。福井の大雨で床上浸水してしまったので」

何気ない様子で振り返る美知子さんを見て、そう感じずにはいられなかった。

美知子さんが、「わたしらが他界しても、この家だけは残すといいわ」と言うと、徹さんも苦笑しながら頷いていた。

7代目、内田清治さんと美和子さんがふたりで漆を塗った床 (撮影:片岡杏子)

7代目、内田清治さんと美和子さんがふたりで漆を塗った床 (撮影:片岡杏子)

<取材協力>
漆琳堂
福井県鯖江市西袋町701
0778-65-0630
http://shitsurindo.com/

文:川内イオ
写真:上田順子、片岡杏子、川内イオ
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