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沖縄「金細工またよし」のジーファー、房指輪はどうやって作られているのか 金細工またよしの「房指輪」「ジーファー」

投稿日: 2019年6月8日
産地: 沖縄
編集:
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昨年、大きな話題を呼んだ、平成の歌姫、安室奈美恵さんの引退。

出身である沖縄県は、世代を問わず愛された歌姫の輝かしい功績を讃え、県民栄誉賞にあるものを贈りました。

それは美しい純銀のリング「房指輪」と髪飾り「ジーファー」。

どちらも世界でただ一人、又吉健次郎さんだけが作ることのできる沖縄伝統の金細工「クガニゼーク」です。

工房またよしの又吉健次郎さん。87歳。首里王府の命により中国に渡って金細工の技術を修得した初代から数えて7代目です

工房またよしの又吉健次郎さん。87歳。首里王府の命により中国に渡って金細工の技術を修得した初代から数えて7代目です

はるか琉球の時代から人の門出に寄り添い、平成の歌姫の花道を飾った銀の飾り。今日はそんなクガニゼークのお話です。

沖縄伝統のエンゲージリング「房指輪」

「さっきは男性が婚約指輪にと、買いに来られていました」

又吉さんがおもむろに仕事の手を休めて指し示したのは、「房指輪」。

沖縄県が安室奈美恵さんに贈ったクガニゼーク

シンプルな銀の指輪に、いくつもの飾りが取り付けられています

琉球王朝時代に生まれた金細工「クガニゼーク」のひとつです。細かなパーツに至るまで、すべて溶かした純銀を打ち叩いて作られます。

魚や果物などをかたどった飾りにはそれぞれ縁起のよい意味があり、婚礼が決まった我が子に親から贈る、琉球伝統のお祝い品。

近年、その存在が広く知られるようになると、県外からもプロポーズや新婚旅行の記念に買い求める人が急増。注文から完成まで半年まち、ということもあるそうです。

髪を飾るお守り「ジーファー」、永遠の愛を願う「結び指輪」

金細工またよしで主に作られているのは、房指輪の他にジーファー、結び指輪という三種類。

「どれも願いや祈りが込められています。『ジーファー』は、自分の分身とも言われるお守りのような髪飾りです」

ほっそりとした匙のような形のジーファー。安室奈美恵さんには、房指輪とこのジーファーが贈られた

ほっそりとした匙のような形のジーファー。安室奈美恵さんには、房指輪とこのジーファーが贈られた

「このシルエットは、女性の後ろ姿なんですね。何の飾りも無く、ただ線と形だけで『女』になる。シンプルな表現です。本当にすごいなと思います」

三つ目の結び指輪は、かつて沖縄の遊女たちが「愛する人と末長く結ばれるように」と身につけていたものだそう。今では房指輪と並んで人気です。

結び指輪

「房指輪、ジーファー、結び指輪。この三つはどうしても後世に残したい、と跡を継ぐことを決めました」

実は、又吉さんがこの道に入ったのは40歳の時。

「それまではラジオのディレクターをしていました。ラジオって、番組が終わったら後に何も残らないんですね。

でも、クガニゼークは純銀だから、腐食しない。大切にすれば永遠に残るでしょう」

又吉さん

大切にすれば。

実は、永遠に残るはずのクガニゼークは、琉球王朝の終焉、そして戦争により一度途絶えています。

濱田庄司と、父・又吉誠睦さん

戦後、空襲を抱えて逃げたという道具で、父・又吉誠睦さんの「金細工またよし」はなんとか存続を保っていました。

しかし、もはや伝統的な金細工の需要はなく、誠睦さんは駐留軍からの様々な銀の加工の請負で生計を立てていたといいます。

その仕事ぶりをみて声をかけたのが、民芸運動で知られる陶芸家、濱田庄司 (はまだ・しょうじ) でした。

誠睦さんがクガニゼークの話をすると、濱田は「あんた、昔に返ってくれ」とあるものを誠睦さんに託しました。もはや工房にも残っていなかった、古い「房指輪」でした。

この運命的な出会いがきっかけで、誠睦さんは断絶していたクガニゼークの復刻に乗り出します。

蘇った房指輪

蘇った房指輪

「房指輪」に続き「結び指輪」を復元した頃、ちょうど誠睦さんは80歳、又吉さんは40歳を迎えていました。

「その頃、父親の仕事をじっとそばで見てたんですけどね。親父も年だなと思って。ふと、道具はどうなる、と思ったんです」

工房にあった道具

父親が引退すれば、その瞬間にせっかく蘇ったクガニゼークの命は再び途絶える。戦火を乗り越えてきた道具も生きる道を失う。

戦火を免れた古いジーファー。復元の参考にされた

戦火を免れた古いジーファー。復元の参考にされた

自分でなくてもいいけれど、誰かがやるべきではないか。そんな思いから、

「お父さん、僕やろうかな」

働き盛りで決断した「職人への転職」でした。

作る時間が、父との対話

父・誠睦さんから受け継いだ作業台は、銀を溶かし、水で冷やし、形を打ち固める一連の工程が、台の周りでぐるりと体を一周させながら作業できるよう作られています。

作業台

「最近は、金づちで銀を叩く時間が、親父との対話のように感じるんです。手元を間違えれば、『今のはちょっとおかしいんじゃないの、お前』と言われているような」

作業台の様子

銀を打ち続けて40年。気づけば弟子入り当時の父・誠睦さんと同じ80歳をすぎた今、又吉さんには未来を託すお弟子さんが一人います。

未来に残すもの

宮城さん

宮城奈津子さん。大学を卒業後に移住した沖縄でクガニゼークに出会い、工房に顔を出すうちに「気づけばこの道に入っていた」そう。

「僕はただ銀を打つだけで、何も教えていません。でも、その音や空間の中に、代々続いてきた何かがあるはずなんです。その何かを自然と知って、身につけてほしい。僕はいつかいなくなる。でも道具は残ります」

琉球王朝に生まれた美しい金細工は、断絶の歴史も乗り越え、今年、平成を駆け抜けた歌姫の花道を飾りました。

永遠に人の心に残ることを願いながら、昔と変わらぬ道具で、音で、作り継がれています。

又吉さんと宮城さん

<取材協力>
金細工またよし
沖縄県那覇市首里崎山町1-51
(2018年8月に工房を移転しました)
098-884-7301

文:尾島可奈子
写真:武安弘毅
※こちらは、2018年9月15日の記事を再編集して公開しました。
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