さんち 〜工芸と探訪〜

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神さまに捧げるものづくり 1200年続く神事の舞台裏

投稿日: 2016年11月28日
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こんにちは。さんち編集部の尾島可奈子です。
初詣に縁日、修学旅行に縁結び。子供の頃から神社やお寺は身近な存在ですが、行事の意味や成り立ちの詳しいところは、知っているようで意外と知りません。そんな神聖な場所に、38年つとめられた方のお話を伺うことができました。

訪ねたのは11月に行われた工芸の祭典「奈良博覧会」でのトークイベント、題して「奈良の工芸」。語り手は世界遺産、春日大社で昨年まで権宮司(ごんぐうじ)をされていた、岡本彰夫さん。聞き手は以前から岡本さんの私塾の塾生でもあった、奈良の工芸メーカー、中川政七商店代表の中川政七。遷宮はなぜ20年に一度なのか?造替(ぞうたい)との違いは?身近なようで意外と知らない神事のお話から、土地のものづくりとの密接な関係、日々の暮らしに活かしたい心がけまで、盛りだくさんでお届けします。

以下、岡本彰夫氏発言は「岡本:」、中川政七発言は「中川:」と表記)

トークイベント当日は、20年に一度の式年造替、中でも本殿遷座祭(正遷宮。神様が御仮殿から本殿へ戻られる儀式)が春日大社で執り行われている日。そもそも、遷宮は聞いたことがありますが、造替ってあまり耳慣れません。一体何が違うのでしょうか?

遷宮と造替の違い

語り手の岡本彰夫さん。時折ホワイトボードを使いながら解説くださいます。

語り手の岡本彰夫さん。時折ホワイトボードを使いながら解説くださいます。

岡本:お伊勢さんは遷宮、春日さんでは造替と言います。遷宮というのは宮ごと遷(うつ)るんです。
お伊勢さんの場合は御敷地(みしきち)という本殿をお建てする場所が東と西に二つございまして、今回の御遷宮では東の御敷地から西の御敷地へお遷りになる。 東の御殿にいらっしゃる間に西の御殿を建てて、完成したら西の御殿にお遷りいただく。お遷りになられたら東の御殿を完全に撤去します。宮ごと遷るから遷宮と言います。春日さんは、御敷地が一つなんです。御殿の位置を変えずに建て替えるので、造替と言います。

中川:20年に1度というのは、何か意味があるのですか?

岡本:それはしっかり言うとかな、いかん話でね。20年で神様の力が衰えるから作り変えるという説がありますが、それは間違いです。人間だって80歳でかくしゃくとした方がおられるのに、20年で力が衰えたら、神様とは言えませんわね。20年というのは、人間の寿命に合わしてございます。

建て替えに、20歳の息子が初めて携わる。これは初めてで何もわからない。2回目の親父が40歳。過去1回の経験を踏まえて本番を迎える。それで、3回目の経験になるおじいさんが監督しはる。

これで1200年、無事に技術が伝承している。ようは人づくり、人を残すための、20年なんです。企業も人を作らないかん。おうちも人を残しとかんと跡形もなくなりますよ。

そして御殿を新しくすると、お仕えしている我々が、神様は本当においでになるな、と肌で実感させていただけるんです。本当に神様のお力というのは偉大やな、と胸に刻みます。それを、自分の子や孫に伝承していくんです。建物を遺すのみではなく、神の尊さ素晴らしさを伝承する、ということです。

中川:工芸の世界でも、お父さんと息子さんとか、家族でやられているような小規模なところが多いですね。たまにおじいちゃんが元気だと3人でやってはりますけど。今のお話を聞いて、最低3人という単位が、技術を継承していくには大切なんやなと思いました。

聞き手の中川政七。日頃から岡本さんを師と仰ぐ。

聞き手の中川政七。日頃から岡本さんを師と仰ぐ。

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技術と精神の継承に最低3代必要、と言う神事とものづくりの共通項が見つかったところで、岡本さんからもう一つ、神事において「人の顔を立てる」ことの大切さ、が語られます。神様のための儀式なのに、人の顔を立てるって、どういうことなのでしょう。二つの儀式を例にお話が進みます。

世界遺産・春日大社が1200年続いた理由

岡本:昨年、退任前に仮殿遷座祭(本殿修復のため、神様に西隣の『移殿』へ一時お遷りいただく儀式)だけはご奉仕したんですが、その時に確信を得たことがあります。「人の顔を立てる」ということが、この儀式に散りばめられているんです。

例えば、神宝検知之儀(じんぽうけんちのぎ)というのがあるんです。
御神宝(ごじんぽう)というの神様のお使いになるお調度と宝物(ほうもつ)を、200点くらい新調するんです。それを出来上がりますとね、一同に並べて検分する儀式なんです。検分した後に、職人さん全員に装束をつけて並んでもろうて、挨拶をします。

新調するものは、例えば塗り物ですと、塗師(ぬし)の名前で発注して、塗師の名前で納入されます。ところが塗師一人でできるわけではない。

中川:漆は分業ですからね。

岡本:まず木地師が要ります。その上で塗師がいる。金具を付ける場合は金具師がいる、 蒔絵をする場合は蒔絵師がある。ところが、納めるときの名前は塗師しか出ません。 出したらいかんということになっている。なんぼ一所懸命やっても、名前すら遺らない人がたくさんいるわけです。

感心したのは、神宝検知の時に、木地師も塗師も金具師も蒔絵師も、全員装束つけて並ぶんです。そのあと宴会を開いて、そこで褒美の品も渡します。ちゃんと顔を立てるんです。そうするとね、職人さんがやっててよかったと思ってくれはるんです。自分の作ったものが神様の宝物になったんやという誇りになる。

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中川:ものを作る人が誇りを持てる状況をつくる、というのはすごくよく分かります。
例えば後継者問題というのは当然工芸の世界にもあるんですけど、食えるようになったら後継者が出てくるかというとそうでもない。プラスそこに誇りがないと、できないことかと思います。

岡本:おっしゃる通りですわ。他にも例がありまして、御殿奉磨之儀(ごてんほうまのぎ)という儀式があります。神様が御殿に入られる時に床が汚れていたらいけないので、直前に大工さんがカンナをかけるんです。御清鉋(おきよかんな)という。それがささくれていたらいけないので、さらにトクサで床を磨くという儀式です。

昔は身分制度が厳しくてね、神主というのは二段階になってて、まず社家(しゃけ)というのが16軒あります。この人達だけが、御殿の階段を上がることができます。その下に、80〜100人の、下級神職がおるんです。神の人と書いて神人(こうど)といいます。この人たちは生涯、御殿の階段を上がれません。

ところが、御殿奉磨の時は神様が仮殿にお遷りになっていて、御殿におられないでしょう。その時だけ、神人は御殿の中に入れるんです。20年に1回だけ、この人達は、御殿の中に入って床を磨くんです。これね、全部人の顔を立てるっちゅうことです。

春日大社が1200年、なぜ続いたか。もちろん神様が第1番だけれど、2番3番には人を大事にすることです。会社でも同じです。全員桧舞台に上げてあげるということです。

中川:全員を桧舞台にあげる、というお話ですけれど、うちでもある神社さんの遷宮に、60年前の遷宮まで関わらせていただいていました。馬の形をした彫馬(えりうま)という神宝の鞍の裏に張る生地が、うちの麻生地だったんですね。鞍の裏じゃないですか。でも、うちも名前を残してもらってたんです。

遷宮を手伝っていたことは知っていたのですが、ある時お参りにいらっしゃいませんかとお声がけいただいた際に、神宝(じんぽう)に関わりのある身分として、普通の人が入れるところよりちょっと奥まで入らせてもらって、お参りさせてもらったことがあるです。やっぱりそういう体験をすると、いい仕事せなあかんなと思いますね。

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携わる人を大切にすること。「ものづくりは人づくり」「会社は人である」といった格言を耳にしますが、すでに1200年前の昔から続く神事の中に、その答えが込められていました。つまり、それだけ神事の周りには多くの道具と、それを作る人が存在していたということ。話は続いて、具体的な神事に使われていた工芸品の話題に移ります。

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