さんち 〜工芸と探訪〜

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さんちのオススメ産地 001 奈良 奈良
大和郡山
生駒
奈良
大和郡山
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奈良
奈良・大和郡山・生駒

概要

あおによし、
日本史が息づく大和の大地

かつて日本の首都、「平城京」として栄えた奈良。県として全国第一位の世界遺産登録数を誇る。中でも北部は東大寺、春日大社など著名な社寺が多く所在。神事に使う道具は奈良に多くの工芸を残す基礎となった。他にも近世の古い町並みが残るならまちや豊臣秀吉の弟秀長が時の城主だった大和郡山など、様々な時代の面影が感じられるエリアでもある。

歴史

新しい産業と文化を
生み出し続けるしなやかな街

710年に都が平城京に移り、784年に長岡京へ遷都するまでの74年の間、古代日本の首都だった奈良。律令制や仏教を中心とした天平文化は、誰もが一度は歴史の教科書で学ぶところだろう。東大寺、薬師寺、興福寺、春日大社などの著名な社寺の歴史も、この時代に始まっている。やがて都が長岡京、平安京へと移っていってからも、こうした社寺はその力を保ち、町の経済・産業の中心となっていった。現在観光スポットとして人気のならまちも元は有力寺院だった元興寺の境内を中心として生まれており、今に続く工芸品、奈良墨も室町時代に興福寺でその製造が始まっている。大寺院の力の強大さは、安土桃山時代に郡山城に入った豊臣秀長が興福寺の勢力を抑えるためならまちの商業に統制を加えたほど。江戸期に入ると、奈良晒や酒づくりがならまち界隈の産業として発展し、大和郡山では先の秀長が御用窯として起こした赤膚焼が、名工奥田木伯を得て興隆する。古代史のイメージが強い奈良だが、特に平城京の時代から発展してきた北部では、歴史の上に立ちながら次の時代、次の時代と新しい産業と文化を生み出してきた、しなやかな町の顔がある。

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歩き方

風情ある町並みと文化遺産巡り

・交通アクセス
(近鉄奈良駅、JR奈良駅エリア)
南北に長く観光スポットが点在する奈良県は主に車での移動が便利だが、北部エリアはJRと近鉄線が主要スポット近くまで乗り入れており、鉄道でのアクセスが可能。近鉄線は大阪、京都、神戸の三都と奈良を電車一本で結んでおり、所要も1時間程度と便利。終点の近鉄奈良駅は東大寺、春日大社、興福寺への最寄駅となる。
各所へは徒歩で向かうことも出来るが、駅からはゆるやかな上り坂となるため近くまで行くバス(奈良交通)をうまく利用したい。主な観光ルートを結び、JR奈良駅、近鉄奈良駅からも頻発している。なお、この二駅間は徒歩で20分ほどの距離にあり、離れているので注意。
JR奈良駅は主要観光スポットから少し離れるが、駅の表玄関から春日大社の参道へまっすぐ続く三条通は土産もの屋や飲食店でにぎわい、次第に近づいてくる春日山を目指しながらそぞろ歩くのも楽しい。しばらく歩いていよいよ朱色の一の鳥居が見えてきたら、観光ガイドブックの表紙も飾る奈良の風物詩、興福寺五重塔を臨む猿沢池が右手に現れる。ならまちはここから南へ進んだエリアだ。社寺と組み合わせるとかなりの距離を歩くので、無理なく散策を楽しめるよう、適度に休憩やランチを挟みながら移動しよう。

(大和郡山エリア)
JR郡山駅、近鉄大和郡山駅の二駅が利用できる。二駅の間に町の中心部が広がっており、JR郡山駅から徒歩一分のところには赤膚焼の窯元「香柏窯」が。ギャラリーを見学できる。赤膚焼を起こした豊臣秀長が治めた郡山城は、今は城址公園となっており、お花見スポットとしても人気。こちらは近鉄郡山駅が近い。駅から公園へ向かう途中の「菊屋」では秀長が秀吉をもてなすために作らせたという「御城之口餅」が今も売られている。

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・服装
奈良北部は盆地。夏は暑さ厳しく、冬は底冷えの寒さがある。一大観光地とあって休憩どころや自動販売機も各所にあるが、移動範囲も広いので服は体温調節がしやすく、また歩きやすい格好を。

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