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コンマ数ミリが価値を分ける。日本にわずか数人、石の声を聞く職人たち 世界の囲碁ファンに愛される「ハマグリ碁石」製造の現場へ

投稿日: 2019年1月11日
産地: 宮崎
編集:
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ハマグリの貝殻から作られる美しい碁石。

宮崎県日向市は、世界中の囲碁ファンから愛される白い碁石の最高峰「ハマグリ碁石」を作り続けている唯一の地域です。

ハマグリ碁石

碁石の最高峰「ハマグリ碁石」

世界でここにしか残っていない技術を守り、最高品質の碁石を追求し続ける。

そんな碁石職人の現場を訪ねました。

最低でも5年。碁石の「山」を作るのが難しい

「碁石の綺麗な“山の形”を作るのが本当に難しい。自分でできるようになるまで、最低でも5年はかかります」

そう話すのは、日向市で100年に渡ってハマグリ碁石を製造してきた老舗 黒木碁石店の下鶴美文(しもづる よしふみ)さん。

宮崎県の伝統工芸士にも認定されている碁石職人です。

黒木碁石店の碁石職人 下鶴美文(しもづる よしふみ)さん

黒木碁石店の碁石職人 下鶴美文(しもづる よしふみ)さん

20以上の細かい工程を経て作られるハマグリ碁石ですが、大きな製造の流れは以下のようになります。

「くり抜き」:原料となる貝から碁石に使用する部分をくり抜く
「厚み選別」:原料の厚みを測定して選別する
「面摺り(めんずり)」:厚みを揃えた原料を砥石で削って碁石の形に整えていく
「サラシ」:天日干しをして汚れや黄ばみを取る
「樽磨き」:砥石で削った後も残る細かい凹凸を研磨する
「選別」:磨き上がった碁石を人の目で選別する

この中でも特に難しく、高い技量を要するのが、原料を削って碁石独特の美しい曲面を作っていく「面摺り(めんずり)」。

下鶴さんの言う、「山の形を作る」工程です。

碁石を削る専用の機械

碁石を削る専用の機械。茶色い円盤型の砥石で削っていく

ハマグリ碁石作りでは、専用の機械にセットされた円盤型の砥石を使い、片面ずつ貝を削っていきます。ただし、砥石が真っ平らな状態では碁石独特の丸みを作ることができません。

そこで、作りたい碁石の形に合わせて砥石自体をあらかじめ加工しておきます。実はこの作業が碁石作りにおいてもっとも難しいのだとか。

下鶴さんは、ドレッサーと呼ばれる道具を3種類使い分けて砥石を加工していました。

下鶴さんが、砥石を削るために使う3種類のドレッサー

下鶴さんが、砥石を削るために使う3種類のドレッサー

1本目のドレッサーで大まかに形を作り、2本目で整える。そして3本目にもっとも硬いダイヤモンドドレッサーを使って砥石の表面を滑らかにしていく。

そうして仕上げた砥石で削ることで、碁石の表面もつるつると滑らかな手触りとなり、美しく仕上がるそうです。

ドレッサーを回転する砥石に当てて、形を作っていく

ドレッサーを回転する砥石に当てて、形を作っていく

石の声を聞く

碁石は、コンマ数ミリの厚みごとに細かく「号数」が分かれていて、それぞれ理想の山の形が異なります。

黒木碁石店で、碁石の理想の形として定められている「マスターストーン」

黒木碁石店で、碁石の理想の形として定められている「マスターストーン」

そのため、碁石の号数に合わせて砥石も加工する必要が出てきます。

いざ碁石を削る際も、号数によって削る時間や当てる位置などが微妙に異なるそう。さらに、砥石は使ううちにだんだんと切れ味が鈍くなってくるため、1日に数回、砥石の研ぎ直しも必要です。

加工した砥石に当てて、碁石を削っていく

加工した砥石に当てて、碁石を削っていく

「職人の世界では、先輩の仕事を“見て盗め”と言ったりもしますが、碁石作りは無理でしょうね。

誰かがそばについてやり方を教えなければ、できるようにならないと思います」

確かに。どうすれば習熟できるのかすら、素人には想像できない世界です。

両面を削り終わった後には「端引き(はびき)」という、碁石の“耳”の部分のわずかな角を滑らかにする工程も。

下鶴さんが形を整えた碁石を受け取り、「端引き(はびき)」作業をおこなっていた職人さん

下鶴さんが形を整えた碁石を受け取り、「端引き(はびき)」作業をおこなっていた黒木碁石店の和田さん

専用の砥石に溝を掘り、その溝に碁石を当てて削る作業で、こちらもやはり、砥石の加工そのものが非常に難しいとのこと。

全ての碁石を厳密にチェックし、こうした状態のものは規格外品となる

全ての碁石を厳密にチェックし、こうした状態のものは規格外品となる

碁石を削る砥石も、その砥石を削る道具も、石。

碁石を通じて心が通じ合うことから、「囲碁」の別名を「手談」と言いますが、碁石作りもまた、石との対話であるといいます。

「慣れれば自分の感覚で作れるようになりますよ」

下鶴さん

下鶴さんは笑いながらそう言いますが、慣れるまでに最低でも5年。

碁石職人になりたいとやってきても、途中で辞めてしまう人が大半という険しい道のりです。

失われつつある「手摺り」の技術

なぜ、そこまで精度にこだわって碁石作りをするのでしょうか。

碁石は厚みがあるほど価値が高くなり、わずかコンマ数ミリの違いで価格にして数十万、場合によっては数百万円の差が出てしまうことも。

必然的に、その原料から作ることのできる最大の厚みで碁石を仕上げることが重要になってきます。

特に、もっとも希少で価値の高い“日向産”のハマグリを使う場合は、コンマ1ミリよりももっと細かい単位で、ぎりぎりまで厚みを調整する必要がありました。

日向産のハマグリは、ひとつの貝から一箇所しかくり抜けない

日向産のハマグリは、ひとつの貝から一箇所しかくり抜けない

そんな時に使われていた、ハマグリ碁石職人 伝統の技が「手摺り」です。

手摺りの道具

手摺りの道具

碁石のサイズに応じた溝を掘った砥石と、貝を固定する「貝棒」という独特な道具。この二つを使って手動で碁石を削る方法で、非常に高い熟練の技と経験を要しました。

貝棒に原料をセットして砥石に当てていく

貝棒に原料をセットして砥石に当てていく

実はこの「手摺り」、工場見学などがあった際に、こんな風にやっていましたと披露することはあっても、実際の碁石作りの中で使われることはもうほとんどありません。

なぜなら、日向産のハマグリ自体が採れなくなってしまったから。

現在、流通しているハマグリ碁石は、メキシコ産のハマグリを輸入して加工したものが大半を占めています。

向かって左が日向産のハマグリ。右はメキシコ産

向かって左が日向産のハマグリ。右はメキシコ産

手摺りによって究極まで精度を高めても、メキシコ産のハマグリではどうしても採算が合いません。そうして、「手摺り」の技術も失われつつあります。

機械摺りでも伝統工芸士

黒木碁石店 5代目の黒木宏二さんは、今の機械摺りの技術も手摺り同様に素晴らしいものだと話します。

黒木碁石店 5代目の黒木宏二さん

黒木碁石店 5代目の黒木宏二さん

「かつては手摺りの技巧において、ハマグリ碁石職人が伝統工芸士と認められていました。

しかし、機械を使うようになったからといって、職人さんの価値が下がるわけではありません。その技術や経験は、依然としてハマグリ碁石作りに必要不可欠なものです。

そうしたことを、県や市に伝え続けたことで、昨年、下鶴さんなど数名の職人さんも、伝統工芸士と認めていただけました」

それが仕事として成り立たなくなっている以上、手摺りの技術を継承していくのは難しい状況です。

しかし、もっとも大切なことは、ハマグリ碁石という産業が存続し、世界で愛され続けること。そのために今の状態で何ができるかが重要だと、黒木さんたちは考えています。

人の手が入るからこそ残り続ける価値

「サラシ」工程。黒木碁石店では原料の段階で一度、削った後の状態をみて再度行う

「サラシ」工程。黒木碁石店では原料の段階で一度、削った後の状態をみて再度行う

樽磨き用の樽

樽磨き用の樽

最後は人の目で厳しい品質チェックを行う

最後は人の目で厳しい品質チェックを行う

いくつかの工程で機械が導入されてはいるものの、原料の選定から途中の加工、最終的なグレードの選別まで、全ての段階に人の手が入って作られる黒木碁石店のハマグリ碁石。

「機械で自動にできるものじゃないから、ここまで続いているんだろうと思います」と下鶴さん。

小さい碁石ひとつひとつに技術とノウハウを詰め込んで手作りするからこそ、価値が認められ、ハマグリ碁石は日向の地に残り続けています。

「黒木碁石店の碁石は全世界で通用します。それが誇らしい。

何より、自分が作った碁石が売れるとやっぱり嬉しいですね。大事に使ってもらえればありがたいと思います」

下鶴さん

自分が作っているものが、最高品質であると世界にも認められている。その誇りを胸に、日本にわずか数人のハマグリ碁石職人たちは、今日も碁石を作り続けています。

ハマグリ碁石の文化・産業がこの先100年続くために。老舗碁石店の挑戦についてはこちらの記事をどうぞ。
「白黒つけない」サクラ色の碁石が誕生、その裏側にある囲碁の未来に関わる話

<取材協力>
黒木碁石店(ミツイシ株式会社)
http://www.kurokigoishi.co.jp/

文:白石雄太
写真:高比良有城
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