さんち 〜工芸と探訪〜

SUNCHI ~ Explore japan through regional crafts ~

このページの先頭へ

あなただけの
さんちの手帖に

会員登録を行うことでお気に入りの読み物に栞を挟むことが出来ます。記事に栞を挟んで自分だけの栞帖をつくってみませんか?
メールアドレス:(必須)
※ 「.@(@の前にドット)」、「..(ドット2つ)」を含むメールアドレスはご利用いただけません
メールアドレスは既に使われているか、正しい形式で入力してください
会員登録する
既にアカウントをお持ちの方は こちら

退会手続き

退会すると栞した読み物や産地の情報が完全に消去され復元することはできません。本当に退会しますか?
キャンセル
退会する

産地の工芸品

栃木

益子

ましこやき 益子焼

  • LINE

概要

茨城県の笠間焼と並び、関東を代表する焼物。江戸時代末期に栃木県益子町で誕生し、主に鉢や水がめ、土瓶などの台所用品が生産されてきた。

昭和に入ると、柳宗悦 (やなぎ・むねよし) らと共に民藝運動を推し進める濱田庄司によって民藝品として注目されるようになり、その名は全国区となる。益子焼の土は砂気が多く、粘性が少ないため、肉厚に作られ、素朴で温かみのある風合いのものが多い。

歴史

益子町の南部には丘陵地が広がり、その一部から陶土が採れ、薪に適した赤松にも恵まれていたことから、古くから須恵器が作られてきた。その証拠に、丘陵地帯からは7世紀~8世紀に使われていたとされる窯跡がいくつか発見されている。しかし、その後、鎌倉時代になると、須恵器の生産は廃れてしまった。

益子に窯の火が再び灯されるようになったのは、江戸時代の終わり、1853年 (嘉永6年) のこと。笠間で作陶を学んだ大塚啓三郎が根小屋窯を築いたのが、今日の益子焼のはじまりだという。

そのころ益子を治めていた黒羽藩は益子焼を殖産事業として援助し、益子焼は黒羽藩の専売品となるほどに発展。鬼怒川を通じて、益子焼の土瓶やすり鉢、壺などの台所用品は江戸にまで普及するようになっていた。

1871年 (明治4年) の廃藩置県後は御用窯から民窯となり、藩からの支援はなくなったものの、窯数は増え続け、鉄道の開通も追い風となって順調に販路を拡大していった。一時期はアメリカにも輸出するようになったが、その需要の高さが裏目に出て粗悪品の乱売も目立ち、益子焼の信用は落ちてしまう。そこで、1903年 (明治36年) に益子陶器同業組合と益子陶器伝習所が設立され、益子焼の信用回復と職人育成に取り組んでいった。その結果、明治30年代には、窯元数は50以上となり、益子焼は再び盛況を取り戻す。

しかし、この好況はそう長くは続かなかった。明治末期から大正時代にかけて、人々の生活様式が大きく変化。台所で使用する燃料も木炭から石炭ガスへと切り替わっていき、高熱に耐えられない益子焼はアルミニウムなどの金属製のものに取って代わられた。1920年 (大正9年) には一時的に製造が中止されるほど、益子焼は不況に陥ってしまう。

そんな中、1923年 (大正12年) 9月に起きた関東大震災で状況は一変する。東京での台所用品の需要が急増し、しばらくの間、供給が追いつかないほどの活況を呈した。

1924年 (大正13年) には濱田庄司が益子に移住。柳宗悦らと民藝運動を提唱する濱田は、益子焼に「用の美」を見出し、茶器や花器など民藝品としての益子焼の作陶に励んだ。濱田の存在とその作品は、民藝運動の高まりとともに益子焼を世に広く知らしめただけでなく、地元の陶工たちにも多大な影響を与え、益子焼は日用雑器から民藝品へと徐々に移り変わっていった。

そうした転換の背景には、日本人の生活様式の変化や科学技術の進歩による影響も大きくあった。1950年 (昭和25年) ごろを境に、これまで益子焼を支えていた日用雑器の需要は減っていき、窯元はその変化に応じるべく、生産の中心を民藝品へと転じていった。

高度経済成長期に入ると、都市化が進む一方で、伝統文化や里山への郷愁が強まり、1950年代後半から70年代にかけて全国的に民藝ブームが起きる。それをきっかけに、益子を目指す作陶家は増えていった。加守田章二 (かもだ・しょうじ) もその一人。1959年 (昭和34年) に益子で窯を築き、その創造性は民藝一色だった益子焼に濱田とは別の潮流を形成した。

その後、1979年 (昭和54年) に国の伝統的工芸品に指定され、現在約250の窯元がある。幅広い世代の作陶家が作り出す益子焼の姿は多種多様で、濱田が大成した伝統的な民藝陶を意識したものもあれば、自由な創作陶芸もある。その千差万別さは、現在の益子焼の特徴の一つともいえる。

1966年(昭和41年)から始まった益子の陶器市は、毎年春と秋に開催され、合わせて約60万人が集まる一大イベントとなっている。

  • LINE

Follow us

全国の工芸・産地にまつわる読み物を毎日更新しています

さんち〜工芸と探訪〜の読み物は各種ソーシャルメディアでも配信中。 今すぐフォローして最新情報をチェックしよう!

この読み物の産地

関連の読み物

「さんち 〜工芸と探訪〜」がアプリ「さんちの手帖」として登場しました。記事を読むだけではなく、旅の栞や旅印帖として使える、あなたのおともになるアプリです。

  • App Storeからダウンロード
  • Google Playで手に入れよう

アプリの詳細を見る