さんち 〜工芸と探訪〜

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京都の近代美術工芸「泰山タイル」をめぐる

投稿日: 2018年9月13日
産地: 京都
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京都の街のあちこちに見られる、色とりどりのタイル。

老舗の喫茶店や繁華街のカフェ、美術館や歴史ある花街の建物など、京都の街のふとしたところで目にする色とりどりの「タイル」の装飾。実はこのタイル、国内の歴史的建造物にも多く用いられた、京都が誇る美術工芸品のひとつでした。

1200年の歴史で、見落とされがちな近代の工芸。

歴史の中で、京都はあらゆる日本文化のルーツを育んできましたが、明治維新以後の美術史や文化史において、近代の京都が語られることはそう多くはありませんでした。

東京遷都以降「狐狸の棲家」とも揶揄されるくらい気力をなくしていた京都は、殖産興業で街に活気を取り戻そうと、あらゆる政策を打ち出します。

琵琶湖疏水の建設、それにより生まれた日本初の水力発電と路面電車、製紙場の開業、フランス式ジャカード機による西陣織の技術革新、ドイツから伝えられた七宝焼の誕生、それらの技術が一堂に会し、初めて来場者が100万人を突破した1895年の第4回内国勧業博覧会の開催。

明治以後の京都は、次々と技術的な革新を図り、近代の工芸や美術、産業の発展に尽力してきました。

そんな明治から大正期にかけて興隆を見せた美術工芸の中で、その面影を今に伝えているのが「泰山タイル」と呼ばれる建築装飾です。

工業製品ではなく、手工芸としての建築装飾。

大正6年(1917)に池田泰山により南区・東九条に設立された「泰山製陶所」。

明治期から昭和期にかけて最盛期を迎えた洋風建築の需要にともない、大量生産が可能な工業製品としてのタイルが多く生み出されるなかで、同所の「泰山タイル」は一枚ずつ表情の異なる建築用装飾タイルの製造技術を追求し、美術工芸品としての地位を確立していきました。

愛知の常滑に生まれた池田泰山は、京都市陶磁器試験所の伝習生として入所。常滑に戻り、テラコッタの技術を学んだあと、再び京都で泰山製陶所を設立します。

近代の建築を「総合的な立体美の結合」と考えた泰山は、単なる建築材料としてのタイルではなく、「自然の窯変美」を備えた美術工芸品としてのタイルを追求し、手工芸としてのタイルを生み出しました。

京都、そして日本を代表する近代建築に見られる泰山タイル。

高い技術とその美しさで注目を集めた泰山タイルは、秩父宮邸、那須御用邸などの宮内庁の格式高い建築、東京国立博物館や東京都庭園美術館(旧朝香宮邸)、大大阪時代を象徴する綿業会館、甲子園ホテルなど、国内を代表する多くの近代建物に用いられています。

とりわけ製陶所のあった京都では、京都国立博物館などの名建築はもちろん、喫茶店や銭湯など、市民が日常的に集まる憩いの場にも多く取り入れられました。

現在でも泰山タイルは京都の街の片隅でひっそりとその歴史を伝えています。

今回は、京都市内で実際に見られる泰山タイルの一部をご紹介します。

きんせ旅館

こちらは京都最古の花街・島原にある旅館兼カフェ&バー。現オーナーの安達さんが、曾祖母の営んでいた旅館を受け継いだそう。

元々は江戸時代後期から揚屋として使われていた建物で、築推定250年。さまざまな歴史が交錯する空間です。

佇まいも然ることながら、扉をひとつ開ければそこは別世界。壮麗なステンドグラスに圧倒されます。

そして壁の中腰部分や足元に、青・黄色・緑と色とりどりの配色と形状で組み合わされたタイル。これが近代日本の美術工芸を代表する泰山タイルです。

1階は大正から昭和期にかけて洋風に改装され、泰山タイルはその時に取り入れられたと考えられています。

表面に艶があり、釉薬を分厚く重ねた窯変タイルと、さまざまな表情が見られる布目タイルの組み合わせ。これぞ泰山タイル、という典型を見ることができます。

京都市内でも、きんせ旅館は玄関、壁、縁側、トイレと多くの箇所に泰山タイルが使われており、状態もよく見応えがあります。

深みのあるワインレッドと、目の覚めるような青と言った色合いはどこか妖艶な空気を醸し出しています。

ダンスホールとして使用されていた中央の部屋は、格式ある寺院と同じ様式の折上格天井、シャンデリア、ビロードの椅子、重厚な家具など、想像以上の絢爛さ。飴色の空間に思わずため息がこぼれます。

今はここで音楽ライブも開催。なんとも素敵なイベントですよね。

きんせ旅館は建物自体の見応えも抜群です。

風格ある佇まいと控えめの看板に気後れしてしまいそうですが、中はもちろん誰でも利用できるカフェ。コーヒーやケーキ、お酒などを気軽に楽しめます。

「うちは駅からも遠いので、金曜日の夜でも比較的ゆったり過ごせます」とのこと。わざわざ足を伸ばして行く価値ありの空間です。

2階は創建時の趣が色濃く残る1日1組限定の宿として営業。置屋から島原太夫を迎え入れて来た揚屋としての歴史を肌で感じることができます。

CAFÉ INDÉPENDANTS

カフェ、ギャラリー、イベントホールなどが一体となった「1928ビル」。京都市役所を手掛けた武田五一の設計で、昭和3年(1928年)に毎日新聞社京都支局として竣工されました。

現在地下1階に入るのが「CAFÉ INDÉPENDANTS(カフェ アンデパンダン)」です。

ランチからディナーまでの通し営業で、しっかりごはんや昼飲み、午後のお茶、夜のバー使いと、一日中頼れる心強い存在。

そんなカフェへ向かう階段を降りようとすると、目に飛び込んでくるのが不揃いのタイルを組み合わせた鮮やかな装飾。

実はこの様式、従来の泰山タイルとは少し趣が異なり、泰山製陶所のものと断定することはできません。

ただ、泰山製陶所は昭和8年(1933年)に形式の異なるタイル片を組み合わせる「集成モザイク」の特許申請を行っていた記録があり、実際、同年に建てられた東京国立博物館の休憩室の壁面には集成モザイクの技術を見ることができます。

もしかすると、この1928ビルが集成モザイクの先駆けになっていたのかもしれません。

そして店内へ入ると、壁一面に施されたふっくら艶のあるタイル。こちらは泰山タイルの特徴をよく表しています。

客席の壁にぐるりと施されているタイルの装飾。きんせ旅館に比べ、少しくすんだような色合いがアンダーグラウンドな空間によく似合っています。

アンデパンダンには泰山タイルのほか、床一面にはモザイクタイルが施され、表情豊かなタイルを一度に見ることができます。

先斗町歌舞練場

京都五花街のひとつ・先斗町の北側にある先斗町歌舞練場。その名の通り、芸妓・舞妓が歌や踊りの鍛錬を積む場であり、毎年5月に開催される「鴨川をどり」の時期はとりわけ多くの人で賑わいます。

大阪松竹座や東京劇場などを手掛けた劇場建築の名手・木村得三郎の設計により昭和2年(1927年)に完成。鉄筋コンクリート造り、地上四階、地下一階の建物は創建当時「東洋趣味を加味した近代建築」と称賛されました。

そんな一大建築の壁面に抜擢されたのが、泰山タイルです。

前述の2ヶ所とは違い、艶も色彩も持たない表面の荒々しいタイル。これは大正末期から昭和初期に掛けて流行した「スクラッチタイル」という様式で、「引っ掻く」を意味する通り、焼成前に櫛などの道具を使って模様を描いたものです。

色・様式ともに酷似したスクラッチタイルが神戸女学院大学の壁面にも使用されています。

外壁下部は蔵造りの建物に多く見られる「なまこ壁」をイメージさせるような装飾で、まさに「東洋趣味」を取り入れた花街らしいデザインです。

泰山タイルは、周囲の環境や建物の持つ空気感に合わせて表情を変えるランドスケープデザインの役割を果たしていたのかもしれません。

進々堂京大北門前

昭和5年(1930年)に創業した「進々堂京大北門前」。現在4代目となる店主・川口さんの曾祖父にあたる続木斉さんが、パンの修業のために渡ったパリのカフェを再現したいと開いたパン屋さんが始まり。

現在、建物に向かって左側がパンの販売スペース、右側が喫茶スペースとなっています。

創業当初は、左側の部屋のみでスタート。のちに「パンを食べられる場所を」と喫茶スペースを増設したそうです。

そんな進々堂京大北門前は、さまざまな様式の泰山タイルを一挙に見ることができます。

まず、目に留まるのは外観足元に鮮やかに散りばめられた「集成タイル」。こちらはタイルの形状、色合い、そして店内にも多数の泰山タイルが使用されている観点から、泰山製陶所が制作した集成タイルと見ることができます。

もしかしたら、前述のカフェ アンデパンダンの「集成モザイク」を探る手掛かりになるかもしれませんね。

そして扉を開けると、目に飛び込んでくるいかにもヨーロッパ風のしつらえ。この鮮やかなワインレッドとブルーの組み合わせは、きんせ旅館のトイレの入り口に見られるタイルの色合いと酷似しています。

この不思議なデザインの正体は、なんと手洗器。以前は蛇口から、実際に井戸水が出ていたそう。

左手の部屋は、ヨーロッパの建築をそのまま移築したかのような洗練された空間。異国の空気を忠実に再現したいと奮闘した続木さんの想いが手に取るように伝わってきます。

パンの入ったガラスのショーケースの台座には「学問は自己を超越する」という意のフランス語、ケースを支える柱にはキリスト教の聖書の一部が刻まれています。

熱心なクリスチャンだったという続木さんが、日本の学生に投げかけたメッセージです。

当時、続木さんがどのような経緯で泰山製陶所に装飾を依頼するに至ったかはわかりませんが、川口さんは「泰山タイルは当時の曾祖父のイメージに叶うものだったのでは」と話します。

店内にある半月型のランプや、人間国宝となった木工芸師・黒木辰秋氏によるテーブル、窓に使用された一枚ガラスも、創業当時のものです。

創業から80余年の歳月が過ぎた今、それらは日々修復が必要。それでも川口さんは、新しいものを加えるのではなく、修復を繰り返しながら当時の姿を守り続けています。

学生時代から数十年通っている常連も多く、時にはお客さんから昔のお店のことを聞くこともあるのだそう。

多くの学生が集うパリのカフェに感銘を受け、そんな場所をこの京都にも作りたいと奮闘した創業者の想いは、川口さんや地域の人たちによって脈々と受け継がれているのです。

ご紹介した建物の年代を比べてみると、いずれも同時代に建てられたり、改修されていることがわかります。

ほかにも、京都には大正~昭和期に建てられた近代建築が多く見られます。名建築ばかりではなく、街中の小さな喫茶店や民家の一角など、思わぬところにも泰山タイルが隠れているかも。

そんな視点を持って京都の街を歩いてみれば、いつもとはひと味違う「近代」の京都の姿が見えてくるかもしれません。

<取材協力>
きんせ旅館
京都市下京区西新屋敷太夫町79
075-351-4781

CAFÉ INDÉPENDANTS
京都市中京区三条通り御幸町東入ル弁慶石町56 1928ビルB1F
075-255-4312

先斗町歌舞練場
京都市中京区先斗町通三条下ル橋下町130
075-221-2025(代表)

進々堂 京大北門前
京都市左京区北白川追分町88
075-701-4121

文:佐藤桂子 写真:桂秀也、高見尊裕
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