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西陣織とは。織物界のトップランナー、全国の産地を育てた技と歴史

投稿日: 2020年6月11日
産地: 京都
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豪華絢爛な西陣織。まるで金屏風や絵画のような奥行きを感じる織物です。

日本を代表する工芸のひとつとして世界に広く知られる西陣織は、日本の織物技術の発展にも大きく寄与してきました。その技術と歴史を紹介します。

西陣織の帯

西陣織とは何だろう?

西陣織は、京都の西陣で生産される織物の総称。1976年に国の伝統的工芸品に指定された。豪華絢爛で立体感のある織物は、日本を代表する絹織物として、世界に広く知られている。

金糸、銀糸を織り込んだ「金襴 (きんらん)」、爪を使って丹念に織り上げる「綴 (つづれ) 」、多彩で華麗な唐織など様々な種類の技術・技法が存在する。

西陣織の中心となるのは帯や着物の生地であるが、ほかにも、ネクタイ、服地、ショール、和装小物など。さらには表装地や室内装飾用の織物、緞帳など、多様な美術織物がつくられている。ひとつの産地で多種多様な織物を織るというのは、世界でも珍しい。

西陣織のマフラーやショール

西陣織のマフラーやショール

ここに注目。「綴」「錦」「緞子」10以上ある西陣織の「顔」

様々な種類のある西陣織だが、大きくは、「紋織 (もんおり) 」と「綴織 (つづれおり) 」の2つに分類できる。紋織は、多様な織り方を組み合わて複雑な模様を表す技法。綴織は、爪で糸をかき寄せて丹念に織り上げる技法だ。さらに詳しい技法の代表的なものを紹介する。

・綴織:
ヨコ糸がタテ糸を包み込むようにして織られている織物。ヨコ糸で紋様を織り出すため、タテ糸と比較して3〜5倍もの密度のヨコ糸を用いる。仕上がった生地の表面からはタテ糸が見えない状態だ。製法は独特で、ノコギリの歯のようにギザギザに削った爪を使ってヨコ糸を打ち込むように紋様を織り込んでゆく。細かい作業をくり返す織り方のため、複雑な紋様になると1日でわずか1センチ四方しか織れないものもある。

世界最古のものは紀元前1580年頃、エジプト第17王朝期のもの。西陣でも古くから織られていたと言われるが、記録として残っているのは江戸時代の中期、井筒屋瀬平 (いづつやせへい) が織ったと書かれている。

綴手元

綴を織る様子

綴の技法で織られた役者絵

綴の技法で織られた役者絵

・錦:
経錦 (たてにしき) は、地も模様もタテ糸によって織り出される織物。数色のタテ糸を交互に表面に出すことによって織られる。

緯錦 (ぬきにしき) は、染められたヨコ糸を使って、華麗な文様を生み出す織物。江戸時代から帯地としても使われるようになった。

緯錦 (ぬきにしき)

緯錦 (ぬきにしき)

・緞子 (どんす) :
一般的な織物では、タテ糸とヨコ糸が1本ずつ交互に交わるが、緞子ではタテ糸が1度に4本のヨコ糸を覆う形で織られる。そのため、タテ糸が多く表面に出て、絹糸の持つ光沢が生かされた布地になる。糸目もつめて織られるので、地が厚く手触りよく仕上がる。

緞子は金襴 (きんらん) などと共に、鎌倉時代に中国から舶載され、以後南北朝、室町時代を通じて盛んに輸入された。「名物裂 (めいぶつぎれ) 」と称されて現代まで伝えられているものもあり、珍重されていたことが伺える。

緞子

緞子

・朱珍 (しゅちん) :
なめらかで光沢のある繻子 (しゅす) を地に、何色ものヨコ糸を使って模様を織り出した織物。色彩豊かに様々な紋様で華やかさを加えたもの、金銀箔を用いて豪華さ出したものがある。江戸時代中期以降は、能装束や一般女性の帯にはなくてはならないものとなった。

西陣織 4つの豆知識

○「西陣」という地名は存在しない?

西陣という地名は、応仁の乱 (1467~77年) の西軍、山名宗全 (やまなそうぜん) の陣所が置かれたことに由来する。京都市歴史資料館のデータベースによると、地名としての初見は『蔭凉軒日録』 (いんりょうけんにちろく) に書かれており、乱後10年で西陣が地名化していたことがわかる。江戸時代には、北は今宮神社御旅所、南は一条通 (または中立売通) 東は堀川通、西は七本松通にわたる一帯を西陣と呼んでいた。

しかし現在は、西陣警察署や西陣郵便局、西陣中央小学校など「西陣」の名を冠する施設はいくつかあるものの、「西陣」という行政地名は存在しない。また現在西陣織が織られている地域は、京都市内から京都丹後地方へと広がっており、従事している人はおよそ20,000人ほどとされる (2018年時点) 。

西陣織は織り上がるまでにたくさんの工程があり、江戸時代初頭から始まった分業制がそれぞれの専門性を高める形で発展した。各工程の専門職が独立した事業を営み、西陣の地域で織屋と混然一体となっており、多くの人の手を経て作られている。

○名前の由来は応仁の乱にあり

1467年から11年に渡って続いた応仁の乱で、京都の織物職人たちは京都を離れた。戦後、各地に散った職人たちは再び都へ戻り、応仁の乱で西の陣があった場所で織物業を再開した。当時の呼び名からこのエリアが西陣と呼ばれ、西陣織という名前が生まれた。

○全国の産地発展につながった「西陣焼け」

1730年6月20日、呉服所 (ごふくどころ) 大文字屋五兵衛の館から火の手が上がり、またたく間に西陣地区の大部分を焼き尽くした。この大火事は「西陣焼け」と呼ばれ、民家約3800軒、織機約7,000台のうち3,000台以上と、実に半数もの織機が焼失したといわれている。

この頃は、丹後、長浜、桐生 (きりゅう) 、足利など京都以外の地域で絹織物が盛んになった時期であった。火事で職場を失った職人たちが大量に地方へ流出。職人によってもたらされた西陣の技術が各地へ伝わり、地方の織物業の発展につながった。

○西陣なくして「京の着倒れ」なし

「京の着倒れ」という言葉は、江戸時代に入り幕府の保護のもと西陣織が最盛期を迎えた頃に登場する。

商人のよき衣きたるは他国と異にして、京の着だをれの名は益々西陣の織元より出 (十返舎一九『東海道中膝栗毛』)

京都の人々の衣服への関心の高さとともに、西陣を中心とした京織物の名声が伺える。

西陣織といえばこの一冊 川端康成『古都』

川端康成の小説『古都』には、西陣織が印象的に登場する。『古都』は、同氏が文化勲章を受けた1961年、京都に暮らしながら執筆された作品。

主人公は老舗呉服問屋の娘、千重子。千重子を慕う秀男は、西陣の帯職人だ。作品中には西陣織の帯にまつわる美しい描写も登場する。

西陣といえばこの人・この工房。
「日本で唯一」長谷川杼製作所 長谷川淳一さん

60年以上ものあいだ、杼を作り続けてきた長谷川さん。やはり作務衣が作業しやすいとのこと

60年以上ものあいだ、杼を作り続けてきた長谷川さん

織機に張られたタテ糸のあいだにヨコ糸を通す際に使われる道具「杼(ひ)」。機織りに欠かせないこの道具を日本で唯一作っている人が西陣にいる。長谷川杼製作所の長谷川淳一さんだ。

腕利きの同氏のもとには、人間国宝級の織物作家、伊勢神宮への奉納品、さらにはフランスの文化財修復プロジェクトなど、世界中からの依頼が日々舞い込んでいる。

<関連の読みもの>

日本で唯一の「杼」職人に、世界中から依頼が舞い込む理由
https://sunchi.jp/sunchilist/kyoto/94775

西陣織の歴史

◯伝来は5〜6世紀。平安時代に急速に発展

西陣織の歴史は、5〜6世紀に遡る。養蚕、絹織物の技術が中国から伝わったことに始まる。

飛鳥・奈良時代を経て、京都が都となった平安時代に、宮廷の織物を管理していた「織部司(おりべのつかさ)」と呼ばれる役所が置かれ、現在の上京区黒門上長者町エリアに住んでいた職人に、綾・錦など高級な織物作りを奨励した。宮廷の貴族たちが優秀な職人を京都に集め、材料や技術、デザインなどあらゆる面で最高級のものを作らせたため、西陣の織物は急速な発展を遂げた。

平安時代半ばを過ぎると、官営の織物工房は衰退し始めたが、職人たちは織部司の東の大舎人町周辺に居を構えて、宮廷の管理下を離れた自由な織物作りを開始。「大舎人 (おおとねり) の綾」、「大宮の絹」などと呼ばれる織物などが作られた。

また、宋から伝えられた織物技術を研究し、独自の技術を開発。神社や寺院の装飾にふさわしい重厚な織物として重宝されるようになった。

◯「西陣織」の由来となる応仁の乱

室町時代に11年も続いた応仁の乱 (1467〜1477年) により、京都は戦場となって焼け、職人たちも京都を離れることを余儀なくされた。戦火が収まると、各地に離散していた織物職人たちは京都に戻り、戦乱の際に山名宗全率いる西軍の陣地が置かれていたエリア (西陣本陣の大宮今出川付近) で、織物作りを再開。地域の名前から「西陣織」と呼ばれるようになった。

◯安土桃山時代、江戸時代 さらなる飛躍

安土桃山時代に入ると、西陣織の技術はさらに発展する。中国との交易を通じて伝えられた織技を取り入れて、これまでの綴や錦、羽二重のほかに新しい紗綾 (さや) 、紋織り、モウルなどを発案し美しい織物を次々に織り出した。

江戸時代には、京都のみならず各地の大名たちからも好まれるようになり、西陣織はいっそうの繁栄期を迎える。中国伝来の高機 (たかはた) の技術を取り入れ、先染めの糸を使って色柄や模様を織り出す紋織 (もんおり) が可能になり、その技術の幅は一層広くなり柄も多様化する。

西陣エリアには、大きな糸問屋や織屋が立ちならぶ織屋街が形成され、高級織物をはじめ、ちりめんや縞に至るまで様々な織物を生産し、他を圧倒する一大産地として発展を遂げた。

◯明治時代 日本で初めて海外の紋織技術を導入

江戸時代後期になると、西陣にも陰りが見え始める。度重なる飢饉、幕府による奢侈 (しゃし) 禁止令もあって需要が減少。2度にわたる大火事、丹後や桐生など新しい絹織物産地が生まれたことも痛手となった。

さらには、1869年 (明治2年) の東京遷都によって、西陣は高級織物の需要者層を大幅に失うこととなった。また、生糸の輸出増加にともない国内生糸の価格も高騰したことも西陣に追い討ちをかけた。

そこで、京都府によって西陣織の保護育成が計られることになる。府は1869年に西陣物産会社を設立。1872年には、佐倉常七 (さくらつねしち) 、井上伊兵衛 (いのうえいへえ) 、吉田忠七 (よしだちゅうしち) をフランスのリヨンに留学させ、フランス式のジャカード (紋紙を使う紋織装置) など数十種の織機装置を日本で初めて輸入。織物技術の近代化を進めた。

1877年には、ジャカード機の国産が開始。明治20年代には洋式技術も定着し、西陣は最新にして最大の絹織物産地として復活した。その後も川島甚兵衛 (かわしまじんべえ) や佐々木清七 (ささきせいしち) らが各地の博覧会に出品受賞し、西陣織の名を高めた。

こうして西陣は新しい技術を取り入れることにより、幕末から維新にかけての危機を脱した。

◯大正・昭和時代 社会の変容に対応したものづくり

先進的な取り組みで復活を遂げ、発展した西陣織は、時代に合わせた変化への対応をし続けている。大正・昭和時代には、高級絹織物の大衆化を進めると同時に、伝統的な手織技術の高度化や図案・デザインの洗練にも努め、海外からも日本の高級織物業の代名詞として認知されるまでとなった。

1976年には、綴織 (つづれおり) 、錦 (経錦・たてにしき) 、錦 (緯錦・ぬきにしき) 、緞子 (どんす) 、朱珍 (しゅちん) 、紹巴 (しょうは) 、風通 (ふうつう) 、綟り織 (もじりおり) 、本しぼ織、天鵞絨 (ビロード) 、絣 (かすり) 、紬 (つむぎ) の12種が、国から伝統的工芸品に指定された。

現在の西陣織

現在の西陣織の製品用途は拡大し続けている。伝統的な帯地や着物だけでなく、ネクタイやショール、和装小物などその生地は幅広く使われる。さらには、壁掛けなどのインテリア製品が、帯地に次ぐ生産額を占めるほどになっている。

<関連の読みもの>

甲子園の優勝旗。舞台裏には最高峰の職人たちのチーム戦がある
https://sunchi.jp/sunchilist/kyoto/69488

甲子園 真紅の大優勝旗

©時事通信

ギフトにするファーストシューズの選び方に迷ったら、縁起の良い「西陣織」を。京都×香川がコラボした一足
https://sunchi.jp/sunchilist/takamatsu/68590

西陣織ベビーシューズ

ここで買えます、見学できます 「西陣織会館」

○西陣織会館

西陣織の紹介や史料の常時展示の鑑賞、西陣織製品が購入できる。また、西陣織の制作実演や短時間での制作体験、着付や和装の教室も開かれている。

西陣織会館
京都市上京区堀川通今出川南入西側
https://nishijin.or.jp/learn

※西陣織会館は現在休館中となっており、2020年7月1日より会館予定です。詳しくは、直接お問い合わせください。
西陣織 体験

西陣織の制作体験

西陣織 おさらい

◯主な産地:京都

◯代表的な技法:紋織、綴織

◯数字で見る西陣織 (2019年時点)
・出荷額:230億円
・組合員数:324社
・従事者数:約20,000人
・伝統的工芸品指定 12件

<参考>
・一般社団法人 農山漁村文化協会 編『生活工芸大百科』 (2016年)
・川島春雄 著『シリーズ 日本の伝統工芸 第8巻 織物<西陣織>』 萌樹舎 (1988年)
・川端康成 著『古都』新潮文庫 (1968年)
・財団法人 伝統的工芸品産業振興協会 監修『ポプラディア情報館 伝統工芸』 ポプラ社 (2006年)
・宅和歌子 著『日本の伝統的織りもの、染めもの』 日東書院本社 (2013年)
・川端康成記念會
http://www.kawabata-kinenkai.org/index.html
・京都市歴史資料館 情報提供システム フィールド・ミュージアム京都
https://www2.city.kyoto.lg.jp/somu/rekishi/fm/index.html
・西陣織工業組合 公式サイト
https://nishijin.or.jp/
(以上サイト最終アクセス日:2020年5月21日)

<協力>
西陣織工業組合
https://nishijin.or.jp/whats-nishijin

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