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「絶対にやらない」と決めていた仕事は天職だった。三代目西村松逸が歩む、加賀蒔絵の世界。

投稿日: 2018年10月18日
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この器、白い部分はなんと卵の殻でできています。

こちらの一見シンプルな棗 (なつめ) は、厚みがわずか0.3ミリ以下。手に持つと木地の向こうが透けて見えそうな薄さです。

木地は樹齢300〜400年を超えるヒノキのなかでも、年輪が最も細かい部分のみを選んでつくるそう

あっと息をのむような作品を手がけるのは、工芸大国、金沢で3代続く蒔絵師、西村松逸(しょういつ)さん。

西村松逸さん

金沢漆器を美しく彩る「加賀蒔絵」の名手はしかし、祖父の代から続く漆芸の仕事を「絶対に継がない」と、ある時期まで心に決めていたそうです。

今回は、一度は家業である伝統工芸の世界に背を向けた青年が、現代の名工になるまでのお話。作品づくりの現場にもお邪魔しました。

この仕事だけは継がないと決めていた幼少期

金沢といえば、言わずとしれた伝統工芸大国。

そのなかの一つ、金沢漆器は、その端正な佇まいと優美な「加賀蒔絵」の彩りが、時代を超えて多くの人々を魅了しています。

金沢の知られざる漆器文化のお話はこちら:「金沢は、漆器なしで語れない。『まちのみんなが目利き』のご当地文化」

加賀蒔絵の繊細な技術が金沢漆器の美しさを引き立てます

蒔絵とは、漆で文様を描き、その上に金や銀の粉を蒔いて固め、研ぎ磨いたもの。漆工芸の技法の一つで、今から約1300年前に誕生し、全国に広がっていきました。なかでも加賀蒔絵は約400年前に加賀藩主の前田利常が京都から職人を招いたことから、蒔絵の一大産地として発展。

蒔絵のなかでも加賀蒔絵は特に豪華絢爛で美しいと言われています (写真提供:金沢市)

西村さんは、祖父、父ともに金沢で漆芸に携わる家に生まれ、幼い頃からその背中を見続けてきました。二人の生み出すもの、働く姿を子供ながらに誇らしく思いながらしかし、この仕事だけは絶対に継がないと決めていたそうです。

「こんな大変な仕事はないと思ってました。私は子どもの時に父や祖父と遊んだ記憶がないんです。お休みは年に元日とお盆の数日だけ。もちろん家族で旅行したこともなく、せいぜい木地を調達するときに一緒についていくくらいのものでした」

漆器に施される豪華絢爛な蒔絵は、複数の工程を経て仕上げていくため、気が遠くなるほどの時間と手間がかかります。その大変さは、幼い頃の思い出とともに西村さんの心に深く刻まれていました。

漆器の世界を離れて、気づいたこと

漆器の世界とは早々に縁を切ろうと、西村さんが目指したのは建築家。高専を卒業後、建築会社に入社しました。しかし、周りには喜んでくれる人が誰もいなかったそうです。

それどころか、西村さんが建築の道に進んだことで、家全体に暗い雰囲気が漂うように。働くうち、西村さんの考えは少しずつ変わっていきました。

「建築に携わる人は世の中に山ほどいるが、自分のように漆の仕事を継承できる人は、限られているのかもしれない」

そんな気づきから、ついには家業に戻る決心を固め、建築会社を退社。

家族は特別喜ぶことはなかったそうですが、「どこかほっとしたような雰囲気だった」と当時を思い返します。

「感じが違う」と言われる日々がはじまる

その後、西村さんは人間国宝の大場松魚(おおば・しょうぎょ)氏に弟子入り。師のもとで3年半を過ごし、蒔絵だけでなく塗りの技術も身につけました。

今でこそ、多彩な技を駆使し作品づくりに生かしている西村さんですが、技術の習得には長い時間を費やしたと言います。

「父は、祖父から何ひとつ『教えてもらう』ことはなかった、と語っていました。

早朝から一日かけて漆を塗り、頑張ってつくったものを祖父に見せても、祖父は特に何も言わず、黙って漆を拭き取ってしまう。それが何日も続き、さすがに何がだめなのかを聞いてみたところ、『感じが違う』と一言だけ言われた、と」

なんとも抽象的なアドバイスですが、求めている感覚をつかむには、自分で考え試行錯誤するのが一番の近道。これまで西村さん自身も、先代、先先代から技術的なことも含め、何も教えられたことはないそうです。

「漆器でもなんでもそうですが、ものを選ぶときは技術云々よりも、『なんとなくその感じががいい、好き』と思って選ぶ方がほとんどではないでしょうか。その感覚は人によって違う。だからこそ、これまでもこれからも体で覚えていくしかないのだと思います」

左は先先代、右手前は先代の作品。わずかな表現の違いに、蒔絵師の「個」が現れる

左は先先代、右手前は先代の作品。わずかな表現の違いに、蒔絵師の「個」が現れる

「松逸」の名を継いだ日

その後、公募展には出品しなかった祖父や父と異なり、師である大場松魚氏が参加する日本伝統工芸展などに出品。数々の賞に輝きます。

先代の父、そして母が他界してしばらく後、祖父の代から続く「松逸」を襲名。現在は、他界された大場氏の後任として、地域の漆芸関係者を束ねる金沢漆芸会の会長も務めています。

「漆の世界に入って10年くらい経った頃、私が跡を継いだことを祖父が大変喜んでいたというのを知人から聞きました。祖父は普段、そういうことを表に出すような人ではなかったので、私も嬉しかったですね」

実はこれまで一度も「跡を継いでほしい」と言われたことはなかったという西村さん。

「漆芸は手間暇がかかる大変な仕事。たとえ跡を継いでほしいと心の中で思っていても、簡単に『継ぎなさい』とは言い出せなかったのだと思います。自分もこの歳になって、祖父や父の気持ちが一層わかるようになりましたね」

そして今では、かつては嫌っていた「気が遠くなるほどの時間と手間」を誰よりも惜しまない作品づくりで、金沢を代表する加賀蒔絵師に。

その美しい作品を、西村さんの仕事場で見せていただきました。

卵の殻をモザイクに。器の厚みを紙より薄く

自宅の一室にある、西村さんの仕事場

最初に出していただいたのは、西村さんが約30年前につくった作品。「卵殻」という技術が使われており、白い部分はすべてうずらの卵の殻をモザイク状に貼り付けています。

「健康なうずらの卵を選別し、殻の薄皮をはがすところから始めます。殻は外側の方が丈夫で硬いので、外側と内側で見分けがつくように、殻の片面だけ色をつけていきます」

下準備の工程を聞くだけでも、何日かかるのやら……想像がつきません。

次に西村さんが見せてくださったのは棗(なつめ。茶事で抹茶を入れる道具)。

「一見簡単なつくりに見えるかもしれませんが、こちらは通常の作品よりずっと難しく、さまざまな工夫を凝らしています」

感動したのは、その蓋がよどみなく閉まっていく姿です。

蓋を乗せるだけで、すぅっと吸い付くように閉まりました。動画でお見せできないのが残念です。

「見えないところや軽く見えているところにこそ、手数をかけて苦労を重ねる。そんな部分を大切にしたいし、これからの漆器づくりにも欠かさずに取り入れたいですね」

さらに、竹取物語の羽衣をイメージして作ったという棗も見せていただきました。

木地は樹齢300〜400年を超えるヒノキのなかでも、年輪が最も細かい部分のみを選んでつくるそう

木地は樹齢300〜400年を超えるヒノキのなかでも、年輪が最も細かい部分のみを選んでつくるそう

この棗の大きな特徴は、紙のような薄さ。なんと、その薄さは漆を塗った状態で0.3ミリ。つまり木地の状態だとさらに薄くなります。

「この木地はろくろで挽くのですが、専門の職人からも『こんな薄いものは挽いたことがない』と言われます。薄くすればするほど変形しやすくなるため、時間をかけてゆっくりと挽いていくので、一つの木地ができあがるのに軽く2〜3年はかかってしまうんです」

木地だけで2〜3年。さらにそこから木地にじっくりと漆を吸い込ませ、蓋がぴたっと閉まるように砥石を使ってひたすら研いで厚みを調整していきます。

薄さだけでなく、重さもわずか20gあまり。見た目からは想像もつかないほどの繊細な作品です。

蒔絵が誕生したのは平安時代。その技術は約1300年前の創世記から、もはや省くところがないほど完成されているといいます。

しかし、そんななかでも「削ぎ落とせるものや加えていけるものはまだまだあるはず」と語る西村さん。

「一作一作、何かひとつ新しい技法を入れることにしています」

西村さんはこれからも見た人の情感を揺さぶる作品に挑み続けます。代々つないできた言葉にできない感覚を、蒔絵に込めて。

文・写真 石原藍
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