さんち 〜工芸と探訪〜

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さんちのオススメ産地 007 神奈川 鎌倉かまくら 鎌倉かまくら

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神奈川
鎌倉

概要

大仏や寺社などに集う人々で賑わう
歴史と文化の街

神奈川県の南東部に位置し、海と山に囲まれた魅力的な街。日本ではじめての武家政権「鎌倉幕府」誕生の地として、独自の文化を生み出してきた武家の古都といわれている。

観光地としても人気で、鎌倉の代名詞ともいわ全長約13メートルの大仏像のほか、鶴岡八幡宮や長谷寺、報告寺など歴史ある寺社があちこちに見られ、自然も豊かなためハイキングコースとしても人気。鎌倉駅から鶴岡八幡宮まで続く商店街小町通りでは食べ歩きやなどが楽しめ多くの人々で賑わう。海岸沿いを走る江ノ電から眺める風景も楽しみたい。

歴史

「鎌倉幕府」誕生の物語をもつ
武家の古都

旧石器時代の石器をはじめ、縄文時代や弥生時代の土器が鎌倉の寺社などから多く見つかっていることから、歴史・文化の古さを感じられる地、鎌倉。

鎌倉の歴史を語るうえで、源氏との関係は切りはなせない。頼朝の祖父、源為義の代まで4代(頼信、頼義、義家、為義)にわたり、相模守をつとめたのをはじめ、その後、頼義は京都・石清水八幡宮を勧請(神仏の分霊を祀ること)し、1063年に鶴岡八幡宮の社殿を造営、頼義の子・義家は1081年にその修理を行ったとされる。頼朝の父・義朝は寿福寺の周辺に屋敷があったともいわれており、源氏と鎌倉の深いつながりがうかがえる。

12世紀末、源頼朝が源平の合戦で平家を滅ぼし、鎌倉に幕府を開いたことから日本初の武士による政治がスタート。鎌倉は政治や軍事、外交、文化などあらゆる面で日本の中心地となった。源氏が途絶えたあとは北条氏が実権をにぎり、さらに繁栄した鎌倉では最盛期に3万人もの人口を数えたといわれている。外交も盛んに行われ、禅宗や仏像彫刻、建築などさまざまな中国文化がもたらされることとなった。大仏の建立、建長寺や円覚寺など禅宗の建立が盛んだったのもこのころである。

鎌倉幕府が滅ぼされたのち、活気をなくした鎌倉は農業と漁業の村になるがが、江戸時代には社寺が復興し、参拝客が訪れる門前町に。江ノ島の景色とともに史跡めぐりを楽しむ江戸の町人も増え、観光地になっていった。

1889年(明治22年)、横須賀線が開通。温暖な気候に恵まれ、自然あふれる美しい風景や、歴史と文化を愛する人々があつまる町として鎌倉はあらたに脚光を浴びることになる。東京から電車で1時間ほどの鎌倉は、今も年間2千万人もの来訪者で賑わっている。

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