さんち 〜工芸と探訪〜

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産地の工芸品

島根

出雲・松江

たまはがね 玉鋼

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概要

日本刀原料となる、炭素量1~1.5パーセントの鋼。日本古来の製鉄法「たたら製鉄」により、砂鉄を原料、木炭を燃料として作られる。他の不純物元素の含有量が非常に低く、鉄鋼材料として極めて純粋な素材と言われている。現在は、日本で唯一たたら操業を行う奥出雲町の「日刀保たたら」でのみ生産され、全国の刀匠に頒布される。

歴史

島根県の奥出雲地方では、原料となる良質な砂鉄と森林資源に恵まれ、古来から鉄づくりが盛んに行われてきた。

現在の研究では、縄文時代末から弥生時代のはじめころ、日本列島に大陸から鉄がもたらされたとされている。鉄生産が開始される時期については、研究者の間で弥生時代説と古墳時代中期説、後期説とにわかれるが、いずれにせよ、縄文時代末には鉄器が日本列島にもたらされ、弥生時代のはじめには、鉄素材を輸入に頼りながらも国内で鉄器の加工生産が開始。

弥生時代後期になると、小規模ながら製鉄が開始。大陸からの鉄素材に、列島内産の鉄も加えて鉄器の生産が行われるようになり、古墳時代後期には列島内の鉄生産が本格的になったものと考えられる。

こうして6世紀ころから始まったとされる製鉄だが、初期のころの原料は鉄鉱石の場合が多い。以後、砂鉄も加わり、やがて砂鉄が主流となっていく。後に中国山地で盛んになる、土製の炉に木炭と砂鉄を装入して鉄を作り出す「たたら製鉄」の技術もこのあたりから始まったと考えられている。

製鉄技術は、江戸時代に「近世たたら製鉄」として集大成し、玉鋼を含む和鋼が生産され、日本刀をはじめ、鉄、鋼製品の材料として日本全国に供給された。しかし、明治時代以降に近代様式製鉄法の発展により衰退。1945年第二次世界大戦の終結とともに、完全な終焉を迎えた。

しかし、玉鋼は「たたら製鉄」以外で生産ができない。日立金属株式会社にて、代替となる素材生産の研究がなされたこともあったが、工場での大量生産を基本とする現代の手法では、玉鋼ほどの純度の高い鉄鋼素材を生み出すことは叶わなかった。

日本刀を生産するために必要不可欠な玉鋼。全国の刀匠250名の手元からその玉鋼が払底してしまう。1977年、文化庁後援のもと、公益財団法人日本美術刀剣保存協会 (以下、日刀保) が、刀匠へ玉鋼を安定供給することと、技術の保存伝承のため、たたら製鉄の復活に乗り出す。

同年、たたら製鉄が文化材保護法の選定保存技術にされるとともに、日刀保がその保存団体として認定された。日立金属の技術協力を得て、「日刀保たたら」を創業、たたら操業が再び開始された。また、文化財保存のための後継者の育成も始まり、現在も冬季に操業し各地の刀匠に玉鋼を提供している。

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