さんち 〜工芸と探訪〜

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私の相棒 〜鍋島・三川内の誇りを支える筆〜

投稿日: 2017年1月27日
産地:
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こんにちは。さんち編集部の庄司賢吾です。
工芸を支える職人の愛用品をご紹介する「わたしの相棒」。普段は注目を浴びることが少ない「職人の道具」にスポットを当て、道具への想いやエピソードを伺っていきます。今回お話を伺ったのは、肥前窯業圏の伊万里鍋島焼と三川内焼の職人。この2つの産地は少し似たような歴史的な背景を持ち、どちらも濃淡で立体感や遠近感を出す、日本画のような美しい絵付けを特徴としています。
その絵付けを支えている私の相棒は「筆」。この2つの産地で使う筆は、どうやら同じ産地でつくられているようです。

伊万里鍋島焼と筆

まずお話を伺ったのは、昭和元年創業の畑萬陶苑の代表、畑石眞嗣さんです。

畑萬陶苑は鍋島藩の御用窯があった大川内山で、伊万里鍋島焼を守り続ける窯元です。

畑萬陶苑は鍋島藩の御用窯があった大川内山で、伊万里鍋島焼を守り続ける窯元です。

「当時の肥前国で生産された磁器の積み出し港が伊万里にあったので、海外ではIMARIとして名前が広がりました。このIMARIと呼ばれた焼き物は古伊万里、柿右衛門、鍋島の3つに分けられ、そのうちの鍋島の伝統をここでは継承しているんです」
鍋島は17~19世紀にかけて、鍋島藩直営の御用窯で政治的な献上品としてコスト度外視でつくられていました。だからこそ、精度に言い訳が効かず、抜きん出た材料と技術力を必要とされてきたという背景があります。伊万里鍋島焼きの里である大川内山にある、燃料となる松の木や水、青を作る釉薬(ゆうやく)などの豊かで上質な素材を活かして、献上品としてふさわしい伊万里鍋島焼をつくりあげていったのです。
「伊万里鍋島焼の強みは、門外不出の材料と、やはり技術力ですよ」と、畑石さんも言います。かつては材料や技術を盗まれないよう、献上品として使うもの以外の失敗作は割って散り散りに捨てていたほど。今でも組合により丁寧に管理しているそうです。

「数ある工程の中でも、絵付けの技術では負けられないという思いがありますね」
伊万里鍋島焼は、乳白色の磁器の上に余白を生かした日本独特の花鳥や景色を、赤や青や黄、緑をつかって日本画のように表現します。その作品の主流となる染付(そめつけ)とは、焼成前の生地に焼くと藍色に発色する呉須(ごす)を用いて絵を描く技法です。絵としての独特の「間」を生むため葉っぱ一枚でも葉脈の線をくっつけず、グラデーションもつけて描くといいます。

鍋島の代表作品、青海波墨弾鶺鴒(せきれい)七寸高台皿。基本の青で草木の瑞々しさを表現。©畑萬陶苑

鍋島の代表作品、青海波墨弾鶺鴒(せきれい)七寸高台皿。基本の青で草木の瑞々しさを表現。©畑萬陶苑

「技術を支えるのは良い人材に良い道具。特に筆は命とも言える道具ですね」と、筆入れにたくさん差し込まれた筆を見せてくれました。
そんな伊万里鍋島焼を支えている筆はどこのものかと尋ねると、『熊野の筆』、ということでした。

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三川内焼と筆

次にお話を伺ったのは、400年の歴史を持つ平戸松山の代表、中里月度務さんです。

平戸松山は平戸藩の御用窯として栄えた三川内山で、三川内焼を守り続ける窯元です。

平戸松山は平戸藩の御用窯として栄えた三川内山で、三川内焼を守り続ける窯元です。

「三川内焼は2人の陶工によってはじめられました。平戸藩の領主だった松浦鎮信(しげのぶ)の下で巨関(こせき)が日本に陶工をもたらし、それと同時期に唐津焼の女性陶工である中里氏が陶土を求めて南下してきたんです。その2人が三川内で合流したことで磁器製造の歴史がはじまります」
大川内山と同じく、豊かな自然素材に恵まれた三川内山で、巨関と中里氏により三川内焼の原型がつくられていきます。三川内焼は平戸藩の御用窯として政治的に利用されることとなり、繊細麗美な絵付けや細工の技術の洗練化が使命とされました。
「有田の知名度も波佐見のデザイン性も持たないからこそ、技術力の高さで勝負することが不可欠」と、中里さんは言います。その強みである技術を継いでいくために、すでに明治期には意匠伝習所を設けていたそうです。

「平面の紙に描いていた日本画を立体の器に描く、この技術こそが三川内焼ですよ」
三川内焼は狩野派絵師の原画を起源とし、水墨画のような立体感と奥行きのある絵柄を持っています。また、骨描き(こつがき)という輪郭線を描く作業、また輪郭線の中に絵の具を染み込ませる「濃(だみ)」という技法も特徴です。そして何と言っても正統継承し代表絵柄となっているのが唐子絵。唐子絵自体は元々は中国のものですが、松の絵と唐子を合わせ、器に描きはじめたのは三川内焼です。江戸期から変わらないその構図を今でも守り続けています。

三川内を代表する唐子絵。繊細な輪郭線と濃による濃淡を見ることができます。

三川内を代表する唐子絵。繊細な輪郭線と濃による濃淡を見ることができます。

「三川内焼にとって無くてはならないのが筆。この筆に魂を乗せて線の一本一本を描いていくんです」と、視線を送る先にはたくさんの筆が並べられていました。
そんな三川内焼を支えている筆はどこのものかと尋ねると、伊万里鍋島焼と同じ『熊野の筆』、ということでした。

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産地の相棒、熊野の筆

それぞれ政治的な意図を背景に、献上品としての絵付けの美しさが試され、技術が必要だったという共通点を持つ2つの産地。その産地の職人を支えていた熊野の筆とは、一体どのような筆なのでしょうか。
熊野の筆をつくる広島県熊野町は、江戸時代から180年伝わる筆の製造を産業の中心として「筆の都」として栄えてきました。なんと、全国で使用される筆の約8割を生産していて、町民の10人に1人が筆に関わる仕事をしているそうです。元々は農業が主な生業の町でしたが、出稼ぎに行く時に奈良の筆を買い、帰る途中の町で売っていたということが多くあったそう。そんな筆と近い関係性を背景に、筆づくりの製法が村に持ち帰られることで、熊の筆づくりがはじまりました。今では車に筆を積んで売りに来ることもあって、肥前一帯の多くの職人が熊野の筆を使っています。

伊万里鍋島焼きの畑石さんは、「ナイロンの毛ではすぐに細く描けなくなるんです。動物の毛だからこそ、丈夫でコシがあって繊細な絵付けを可能にしてくれるんです」と、話します。動物の毛をブレンドしてつくられる熊野の筆は、細いものはイタチ、太いものは鹿の毛、他にはシカやヤギなどたくさんの動物の毛でつくられています。
「それと面白いのは、職人が筆の毛をむしって、自分が描きやすい細さにしてから使っているってことですね」と、見せてくれた筆の先は、なるほど毛が抜かれて細く描きやすくなっていました。号数によって同じ太さでつくられた筆を、使う職人ごとに毛の細さを調整して、世界に一つだけの筆をつくって使っています。三川内焼と比べると、どこかヨーロッパ的なモチーフと雰囲気を感じさせる伊万里鍋島焼の絵付けは、動物の筆を職人ごとに毛を抜くことで調整しながら描かれていました。

イタチや鹿の毛など、こんなにたくさんの種類の筆があります。

イタチや鹿の毛など、こんなにたくさんの種類の筆があります。

毛を抜いたり切ったりして、その職人専用に整えられた筆。

毛を抜いたり切ったりして、その職人専用に整えられた筆。

三川内焼の中里さんが、「線の筋や松の絵の部分、唐子の顔の表情などで全て筆を分けています。ほら、こうやって筆に鉛筆で名前を描いて管理してるんです」と指差す場所には「目鼻」と書かれていました。細かな筆の使い分けがされている様子を垣間見た瞬間でした。
「見てください、こんなに太い筆もあるんです。これはダミ筆と言って、濃淡を出す筆です」と、見せてくれたのは他の細い筆とは一線を画す、太くて先の細い筆。表面張力で呉須を引っ張ることでムラ無く塗ることができ、熟練の技でこの太いダミ筆で1mmの細い線を描くこともできるそう。伊万里鍋島焼と比べると、中国に通じるモチーフと雰囲気を感じさせる三川内焼の絵付けは、細いものから太いものまで、適材適所で筆を使い分けることにより描かれていました。

「目鼻」用など、描く絵の部分によって細かく筆を使い分けています。

「目鼻」用など、描く絵の部分によって細かく筆を使い分けています。

ダミ筆で呉須を器に落として広げ、余分なものは筆に吸わせて戻して描いていきます。

ダミ筆で呉須を器に落として広げ、余分なものは筆に吸わせて戻して描いていきます。

インタビューの最後にお2人から出てきた言葉は、筆への感謝の言葉でした。
伊万里鍋島焼きの畑石さんは、あるイベントのお話を通して筆への想いを教えてくれました。「筆あっての鍋島様式だから毎年『筆供養』というものを行っています。使った筆を捨てるときに、お経をあげて供養して焚き上げるんです。感謝の辞を代表が述べて、この筆のおかげでもっと良いものを次に作っていくと志を述べます。それくらい鍋島にとって、熊野の筆は無くてはならない存在です」

三川内焼の中里さんは、来年届く筆への期待を通して筆への想いを教えてくれました。「こういう雰囲気の筆を作ってとオーダーしながら改良してもらっているので毎年どんな筆になるか楽しみです、同じ材質でも去年と今年では使用感がかなり違うので。『線のシャープなイキ、細み』が出せないと三川内焼では無いので、それを支えてくれる熊野の筆は三川内にとってかけがえのない存在です」

肥前の焼き物の絵付けは、たしかに熊野の筆が支えていました。同じ産地からつくられる筆を、使う産地ごと・職人ごとに使い分け、独自の絵付けを施しています。これからも伊万里鍋島と三川内の焼き物は美しく、見る人の心を掴んで離さないはずです。そう、熊野の筆がある限り。

文:庄司賢吾
写真:菅井俊之
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