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唐津焼

唐津焼とは。窯元めぐりも楽しい「からつもの」の特徴と歴史

投稿日: 2020年7月24日
産地:
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素朴な中に味わいのある風合いが多くの焼き物ファンを魅了してきた唐津焼。

地名「唐津」は、「唐 (中国大陸や稜線) へ渡る津 (港) 」という意味から生まれたのだそう。その名前の通り、古くから中国大陸、朝鮮半島との交流が盛んであり、渡来した陶工たちによって伝わった技術も多くあります。

九州でいち早く焼き物産地として発達し、西日本の焼き物全般を表す言葉としてもその名が使われる、唐津焼について紹介します。

唐津焼とは。「からつもの」と呼ばれた焼き物の特徴

唐津焼は、佐賀県唐津市を中心に作られている陶器で、国の伝統的工芸品に指定されている。ざっくりとした粗い土を使った素朴な風合いと多彩な装飾技法が特徴。強い主張を持たないことから、お茶や料理、花などを引き立てるうつわとしても人気がある。

茶の湯の世界では古くから「一楽二萩三唐津」と言われ、茶人たちから愛される茶陶として地位を確立。一方、日用雑器も多く作られ、唐津港から積み出されたものは京都・大阪をはじめとする西日本に広がり、「からつもの」と呼ばれ親しまれてきた。一度は衰退したものの、人間国宝・中里無庵 (なかざと むあん) の功績により復活した。

絵唐津?三島?知っておきたい技法の種類

唐津焼には様々な装飾技法があるのも特徴。鬼板と呼ばれる鉄溶液で草木や花、鳥などを描き、釉薬をかけて焼き上げる「絵唐津」。

絵唐津

絵唐津

黒色の鉄釉と乳白色の藁灰釉を掛け分けた「朝鮮唐津」。朝鮮の李朝三島の技法で、印花紋、線彫などの文様を施した「三島」。鉄分の多い土に藁灰釉を掛けることで、表面に青や黒の斑紋が現れる「斑唐津(まだらがらつ)」。半乾きの素地に化粧土を掛け、さらに灰釉などを掛けて焼く「粉引き(こひき)」などがある。

吉永サダム作:粉引面取マグ

吉永サダム作:粉引面取マグ

吉永サダム作:内粉引五寸プレート

吉永サダム作:内粉引五寸プレート

制作は分業ではなく、生地作りから成形、絵付け、窯焼き等、全ての工程を作家自ら一貫して行うことが多い。唐津焼は土の特徴が作品に現れるため、原料を近隣の山から採取することからはじめる。成形には、足を使って回転させる「蹴 (け) ろくろ」や、輪積みした粘土の内側に当て木をして、外側から叩いて土の中の空気を抜く「叩き技法」といった独特な技法がある。「絵唐津」「斑唐津」「叩き技法」は中里無庵により蘇った。

日本初の「見て楽しむうつわ」

唐津焼は、日本で初めて筆で絵付けを施した焼き物だともいわれている。使うだけでなく、見て楽しむことのできる画期的なうつわであった。

見所は、「筆の運び」の素晴らしさにある。筆を当てた瞬間の太い線とそれを繋ぐ伸びやかな細い線によって構成された絶妙なバランスが美しい。

その線の美は、周囲の余白によって一層引き立てられている。無駄を省いて、省略に省略を重ねた絵が描かれており、そこに美が宿っていると愛好者たちは語る。

唐津焼・中興の祖といえばこの人。十二代中里太郎右衛門 (中里無庵)

明治から大正期にかけて衰退していた唐津焼。その中興の祖と呼ばれた男がいる。旧唐津藩御用窯の伝統を持つ「御茶盌窯」窯元十二代中里太郎右衛門 (中里無庵) その人だ。

1895年 (明治28年) に生まれた同氏 (幼名:重雄) は、佐賀県立有田工業学校を卒業後、父天祐の元で学び、父の死去を受けて1927年に十二代中里太郎右衛門を襲名。作陶のみならず唐津焼の研究を精力的に行い、古唐津の窯跡を発掘し、桃山~江戸時代初期の古唐津の技法を復活させた。

元々「土味」と呼ばれていた粗くざっくりとした土の雰囲気、釉薬の流れの表現、深みのある色、その全てで素材に対する強いこだわりを持つという唐津本来の魅力を取り戻した作品を作り、復興に努めてきた。作品は日本伝統工芸展などで発表され、数々の賞を受賞。同氏の作品を通じて唐津焼の魅力が再び世に伝わり、唐津焼は改めて評価されることとなった。

功績が認められ、1966年には紫綬褒章を受章。1969年、京都紫野大徳寺本山で出家し、法名「洞翁宗白」、号「無庵」を受ける。

同年長男に13代中里太郎右衛門を襲名させ、自身は中里無庵として作陶を続け、韓国ソウル市国立近代美術館で父子展を開催したのをはじめ、同54年には西ドイツ、スイス、オランダ巡回の「唐津展」に出品するなどしばしば海外でも作品を発表。1976年、国の重要無形文化財保持者 (人間国宝) として認定を受けた。

訪ねてきました。唐津を代表する工房のひとつ「隆太窯」

隆太窯

唐津へ行くならまずここへ、と必ず名の挙がる窯元が「隆太窯 (りゅうたがま) 」だ。

隆太窯は、唐津焼の名門、中里太郎右衛門十二代の五男として唐津に生まれた中里隆 (なかざと たかし) さんが開いた、唐津を代表する窯のひとつ。現在は、息子の太亀 (たき) さんと二人でこの工房でのうつわ作りを続けている。

バロック音楽の流れる開放的な空間に、土をこねる音、ろくろをまわす音、時折交わされる二人の会話が響く独特の雰囲気の工房は、訪れた人を優しく迎えてくれるため、ゆっくりと見学できる。また、ステンドグラスから柔らかな光の差し込む美しいギャラリーで、作品をじっくり鑑賞、購入できることも魅力となっている。

近くには、隆太窯のうつわで料理が楽しめる「日本料理 かわしま」や老舗旅館「洋々閣」があり、実際の使い心地が味わえるのも嬉しい。

<関連の読みもの>

隆太窯のうつわが愛される理由。クラシックが流れる作陶場を見学
https://sunchi.jp/sunchilist/hizen/54098

老舗豆腐店が夜に開く「日本料理 かわしま」。旬の会席を隆太窯のうつわが彩る
https://sunchi.jp/sunchilist/hizen/54084

唐津の名宿「洋々閣」が、夕食に隆太窯のうつわしか使わない理由。
https://sunchi.jp/sunchilist/hizen/61799

唐津焼の歴史

◯他に先がけて始まっていた焼き物づくり

唐津焼の起源は諸説あるが、1580年 (室町時代) 頃、岸岳城 (きしたけじょう) 城主・波多氏の領地で焼かれたのが始まりと言われている。その後、豊臣秀吉による朝鮮出兵の際に、朝鮮から連れられてきた陶工たちにより「登り窯」「蹴ろくろ」「釉薬(ゆうやく)」などの技術が日本で初めて伝えられ、発展、生産量を増やしていく。

◯「からつもの」の隆盛

文禄慶長の役の後、豊臣秀吉によって滅ぼされた波多氏に代わって寺沢氏が新領主となり、唐津領内に窯を築き、陶業を保護、奨励した。もとからの陶工と、新たに渡来した陶工が共に藩の御用品、茶器などの高級品から日常用器までを焼くようになった。

唐津港から積み出された唐津焼は京都・大阪をはじめとする西日本に広がり、東日本では焼き物のことを「せともの」と呼ぶように、西日本では「からつもの」と呼ばれた。また、茶陶が千利休の茶席に用いられたことや古田織部をはじめとする茶人たちに愛されたことなどから、茶の湯の世界では「一楽二萩三唐津」と格付けされ、多くの名品が残されている。

◯江戸時代初期からの衰退。中里無庵による復活

江戸時代初期には唐津の陶工が有田・伊万里に流れていき、1616年に有田で磁器の生産が始まる時期を境に、肥前の焼き物は陶器から磁器へと推移していった。有田磁器の隆盛の影響を受けて苦境に立たされるが、藩の御用品を役御茶碗窯と庶民的なものを焼く窯とに別れて存続が図られた。

明治維新後の廃藩置県で藩の御用窯としての保護を失い、衰退の一途をたどる。しかし昭和初期、中里無庵 (十二代中里太郎右衛門) により、古窯の調査や技法が再現され、復活。

無庵の活動を支えた中里太郎右衛門陶房の十三代中里太郎右衛門をはじめ、小次郎窯の西岡小十、中の辻窯の平山賢治など多くの有名陶芸家が登場し活躍するように。現在の唐津焼は、70以上の窯元で作られ、先人たちの技を継承しながら、新たな作品作りが行われている。唐津焼協同組合ではそうしたものづくりの発表の場として、40年ほど前から伝統工芸唐津焼展を開催している。

現在の唐津焼

現在では、街をあげて唐津焼の魅力を発信する取り組みもはじまり、窯元の数も70ほどに増えている。

2012年からは、有田の陶器市と一緒に唐津やきもん祭りを毎年開催し、年に10万人もの観光客の誘致に成功。秋には窯元が点在する唐津を回遊させるための窯元ツーリズムもはじめ、産地全体を盛り上げる活動に取り組んでいる。

唐津焼そのものだけでなく、他のものと組み合わせた発信が新たな魅力を生んでおり、例えば、2016年に唐津で行われたイベント「DINING OUT」では、パリでも注目されている渥美創太シェフの地域食材を使った料理をこの企画のために作ったうつわと合わせて提供した。

有田焼創業400年を記念して開かれたこの催しは、有田焼の歴史とその源流でもある唐津焼に対し「敬意」を持って見つめるRespectと、未来に向けて400年を捉え直すというRe (改めて) Spect (視点を持って見る) という意味を込めた「DO Re-Spect」をテーマに開催され、大きな話題を集めることに成功した。

<関連の読みもの>
一楽・二萩・三唐津 茶の湯で愛された唐津焼
https://sunchi.jp/sunchilist/hizen/7078

さんちで紹介したお店 佐賀県唐津市「一番館」

佐賀県唐津市「一番館」

JR唐津駅から徒歩3分。呉服町商店街の中にある「一番館」は、陶器や磁器を扱う専門店。

1階は唐津焼を中心に陶芸作品や彫刻、絵画などさまざまな作品を販売し、2階のギャラリーでは企画展やイベントなどを開催。肥前の陶芸家 “三右衛門” と呼ばれる唐津の中里太郎右衛門、有田の酒井田柿右衛門、今泉今右衛門の作品をはじめ、人気作家、若手作家などさまざまな作品が揃っている。

○一番館
佐賀県唐津市呉服町1807
http://www.1bankan.com

<関連の読みもの>
唐津焼を知るならまずここへ。目利きが選んだうつわが買える店
https://sunchi.jp/sunchilist/hizen/53888

唐津焼 おさらい

◯素材:陶土

◯主な産地:佐賀県

◯代表的な技法

【成形】
「蹴ろくろ」:足元の車を蹴り、その惰性で回すろくろを用いて成形する
「叩き技法」:輪積みした粘土の内側に当て木をして、外側から叩く

【焼き】
「朝鮮唐津」:黒色の鉄釉と乳白色の藁灰釉を掛け分けた
「三島」:朝鮮の李朝三島の技法で、印花紋、線彫などの文様を施した
「絵唐津」:鬼板と呼ばれる鉄絵具で草木や花、鳥などを描き、釉薬をかけて焼き上げる
「斑唐津」:鉄分の多い土に藁灰釉を掛けることで、表面に青や黒の斑紋が現れる

<参考資料>
・NHK「美の壷」制作班 編『NHK 美の壷 唐津焼』NHK出版 (2008年)
・仁木正格 著『わかりやすく、くわしい やきもの入門』主婦の友社 (2019年)
・やきもの愛好会 編『よくわかる やきもの大事典』ナツメ社 (2008年)
・永竹威 著『日本の陶磁 唐津』保育社 (1975年)
・旅Karatsu 唐津観光協会
http://www.karatsu-kankou.jp/
・唐津焼窯元
http://karatsuyaki-kamamoto.jp/
・唐津焼発祥の里 北波多
http://karatsuyakinosato.jp/
・古唐津に魅せられてー胡蝶楽群遊ー
http://kokaratu.com/index.html
・東京文化財研究所
https://www.tobunken.go.jp/index_j.html
(サイトアクセス日: 2020年7月10日)

<協力>
唐津焼協同組合
https://peraichi.com/landing_pages/view/gzrtc

一番館
http://www.1bankan.com

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