さんち 〜工芸と探訪〜

SUNCHI ~ Explore japan through regional crafts ~

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さんちのオススメ産地 16 岐阜 飛騨ひだ 飛騨ひだ

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岐阜
飛騨

概要

北アルプスが育んだ産業と観光。雄大な自然とともに生きるまち

飛騨は、飛騨山脈の北側に位置する飛騨市と、日本で最も面積が広い市町村である高山市、温泉地で有名な下呂市、そして石川・富山と隣接する大野郡白川村から成る地域。


飛騨市と大野郡白川村は雪が多い日本海型気候であり、交通の便の面からも隣接する富山県との結びつきが強い。特別豪雪地帯とされている地域もあり、白川村ではこのような風土から合掌造りという独特な家屋が生み出され、合掌造り集落は世界遺産に登録されている。


高山市は、2005年に施行された「平成の大合併」で周辺9町村を吸収。岐阜県の中心としての存在感を増しただけでなく、市区町村の面積としても全国1位となった。飛騨地方の中心にあるため、一般に『飛騨高山』と呼ばれることがある。


国内でも面積の大きな飛騨高山地方は、古来より過疎地域であった。そのため律令時代に庸・調の免除が認められ、その代わりに大工が徴発されたことから、のちに大工業・林業が発達したと言われている。


また、登山やスキーといったアウトドアのレジャー産業も充実。北アルプスの山懐に抱かれた平湯・福地・新平湯・栃尾・新穂高は奥飛騨温泉郷と呼ばれ、登山客にも親しまれる観光地である。特に露天風呂の数は日本有数で、雄大な自然を眺めながら疲れが癒せるとあり、県外からも人気を集めている。


さらに、高山市の南に位置する下呂市では、日本三名泉とされる下呂温泉をはじめ小坂・萩原・馬瀬・金山それぞれのエリアで温泉が楽しめる。鉄道や国道が通っていることから、関東・関西からのアクセスも良好である。

  • 春の高山祭(提供:高山市)

歴史

戦国武将も魅せられた、広大で自然豊かな地。「飛騨の匠」が切り拓いた木工産業

文献に「斐陀」「斐太」として飛騨が登場したのは7世紀ごろ。風土記には現在の表記となった。

室町時代の頃には京極氏が守護を務め、のちにその支流の守護代・三木氏が台頭。上杉謙信や武田信玄などをはじめとする、戦国武将たちの群雄割拠の戦いも繰り広げられた。

戦国時代には三木より改姓した姉小路頼綱が飛騨国を統一。本能寺の変以後は、羽柴(豊臣)秀吉に対抗するも、金森長近に攻められて降伏し、以降は高山城を拠点として金森氏が治めることとなる。

加賀、越中、越後、信州と多くの地域と隣接することから、商業や経済を重視したまちづくりが進み、城下町の中に東西南北の街道も引き込まれた。

高山の中心街には当時の城下町・商家町が保全されており、国内外から観光客が訪れる人気スポットとして賑わいを見せている。

江戸時代初頭には高山藩が置かれ、のちに幕領となってからは、高山代官所が飛騨国を治める。その頃、大部分を森林が占める飛騨では林業が地場産業として発達し、「飛騨の匠」と呼ばれる大工を多く輩出。

現在も飛騨高山では建築・家具製造業が盛んに行われ、木や自然とともに生きる暮らしが生活の中に息づいている。

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