さんち 〜工芸と探訪〜

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初任給5万円からの10年。波佐見焼 マルヒロ2代目、馬場匡平さんのリアル

投稿日: 2018年3月21日
産地:
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「これヤバか! どがんやって生活すると!?」

2008年6月、長崎県波佐見町で馬場匡平さんは言葉を失っていた。波佐見町は日本屈指の焼き物の産地で、馬場さんの実家はマルヒロという「産地問屋」を経営していた。

産地問屋は大量生産を可能にするために分業制が発達した波佐見町ならではの仕事で、外部からの注文をまとめ、職人に発注し、完成品を受け取って配送などを手配する。

マルヒロ現社長の父親から「戻ってきてほしい」と言われて帰郷したはいいが、馬場さんは給料を見て慌てた。その額、5万円。24歳の青年にとって死活問題だった。

波佐見焼の産地、波佐見町の風景

波佐見町の風景

倒産の危機

長崎県波佐見町で作られる「波佐見焼」は、今では広くその名を知られているが、実は2000年頃までは無名の存在だった。

波佐見町は、もともと隣町の佐賀県有田町で作られる「有田焼」の下請けとして大量生産の技術を磨き、成長してきた。人口約1万5000人の小さな町ながら、バブル期の1991年には産地生産額が175億円に達している。

しかし2000年頃、生産地表記の厳密化の波を受けて「波佐見焼」と名乗り始めると、売り上げが激減。2011年には産地生産額が41億円にまで落ちたというから、その勢いは凄まじい。

波佐見焼マルヒロの直営店

何かしらの理由で焼かれなかった生地

1957年創業のマルヒロも多分に漏れず、2000年以降、厳しい経営を強いられていた。父親に呼び戻された馬場さんの給料が5万円というのが、その苦境を物語る。

当時、馬場さんの両親と本人を含めた社員6人に対して会社の粗利は500万円ほどしかなく、率直に言えば倒産の危機に瀕していたのだ。

そこで、社長と馬場さんは中川政七商店のコンサルタントを受けることを決意。そこから新ブランドの立ち上げが始まった。

「中川さんから持ってきて下さいと言われたのが決算書3期分で、マルヒロ史上ワースト3なんですよ。それで父ちゃんは、これは受けてもらえんばいと言っていたんですが、受けてもらえることになって。

僕らも初めてコンサルを頼むので、両親と、お金をたくさんかけるのは難しいけど、人の力でできること、必要な投資は頑張ろうと決めました。

最初に中川さんに言われたのは新ブランドを作ろうということで、そのプロジェクトを父ちゃんから丸投げされました(笑)」

起死回生の大ヒット

もともと焼き物に興味もなく、なんとなく仕事をしていた馬場さんにとってプレッシャーのかかるプロジェクトだったが、試行錯誤の末に生み出したのが、「HASAMI」。

2010年、最初にリリースした「60年代のアメリカのレストランで使われていた大衆食器」をテーマにしたカラフルでポップ、機能的で丈夫なマグカップはセレクトショップなどに5万点を出荷する起死回生のヒットとなった。

波佐見焼マルヒロのブランド「HASAMI」

マルヒロの窮地を救ったマグカップ

「出して半年くらいは結構大人しかったですよ。でも、展示会に出展したのがきっかけで、雑誌にも掲載されるようになって。

そうしたら、12月に吉田カバンさんからOEMの話がきたんですけど、それが2万個。6人で箱詰め、検品まじマジヤバか!って(笑)。それが世に出てから、いろいろなアパレルメーカーから問い合わせがくるようになって、ショップでも売れ始めたんですよ」

波佐見焼マルヒロのブランド「HASAMI」のseason2
波佐見焼マルヒロのブランド「HASAMI」のseason3

マルヒロの器はポップ&カジュアル

実は、「HASAMI」のマグカップは、作り始めた当初、周囲の評判は良くなかった。展示会で「こがん派手な色のお皿でご飯食べる気しませんわ」と酷評されたこともある。

それでも自分の感性を信じてヒットさせた馬場さんは「それまでの3年間、いつ潰れてもおかしくなかった状況だったとですよ。マグカップが売れなったら、もう潰れとったですよ」としみじみと振り返る。

社長も、会社を救ってくれた息子に感謝したのだろう。2011年、馬場さんの給料は7万円になった。

新ブランド誕生

「HASAMI」のマグカップは、さまざまな出会いをもたらした。そのうちのひとつが、世界的なアメリカのフォントデザイン会社「ハウスインダストリーズ」。マグカップにプリントをしたいとマルヒロに連絡してきたのが縁となって、マルヒロの新しいブランド「ものはら」が生まれた。

波佐見焼マルヒロのブランド「ものはら」

「ものはら」の器

「アメリカからアンディさん、ステフさん、ヤヨイさんの3人が波佐見町まで来てくれて。いろいろと話をしているうちに、やっぱりゼロから作る方が面白いという話になって、じゃあ、作りましょうと。

その時に、波佐見町の歴史的な背景をちゃんと汲み取って、それを説明できるブランドを作りたいと思ったので、『ものはら』と名付けました」

ものはらとは、波佐見町の登り窯のそばにある失敗作を捨てる場所のこと。そこには出来損ないの陶磁器が積み重なり、地層のようになっている。

その地層を波佐見町の歴史と捉えてのネーミングだった。この時は、お皿急須、ボウルなども作り、ハウスインダストリーズのアートディレクター、アンディ・クルーズがデザインした「m」をあしらった。

デザイン業界では有名な「ハウスインダストリーズ」とコラボレーションしたことによって、「ものはら」も話題を呼んだ。マグカップに続いて雑誌掲載などが相次ぎ、マルヒロの知名度は着実に高まった。

すると、これまで取引のなかったさまざまなジャンルの企業やメーカーからも声がかかるようになり、売り上げも伸びていった。

給料が7倍に

こうして少しずつ経営が安定してきた2015年、建築家の関祐介氏に依頼してショップをリニューアル。「写真ば撮れるような店にしよう」というコンセプトでデザインされたショップは、さまざまな理由で使われず、窯元の倉庫に眠っていた2万5000点の器やマグの生地が積み上げられて床材になっている。

波佐見焼マルヒロの直営店
波佐見焼マルヒロの直営店

マルヒロのショップ

さらに、馬場さんの18の時からの友人から「売らせてよ」と連絡がきたのがきっかけで、福岡県の糸島に姉妹店・ヘイアンドホー(HEY&Ho.)もオープンしている。

この時期、馬場さんの給料は35万に増えていた。波佐見町に戻ってから7倍というすごい伸び率だ。

馬場さんは、自分の感性に従ってユニークな商品も作り続けてきた。それがきっかけとなり、新たな販路の開拓にもつながっている。

マルヒロ

「それほど大きな売り上げにつながるわけじゃないんですけど、スケボーブランドとか、アメカジブランドとか、またちょっと違うような感じのアパレル系が興味を持ってくれて。『坩堝』というスケボーブランドとコラボしてキセルを出したら、それを知った別のブランドの人から連絡があったり」

マルヒロの新戦略

こうして幅広い分野でマルヒロのブランドが知られていくなかで、昨年から馬場さんは新しい取り組みを始めている。

合同展示会への出展をやめて、昨年9月に原宿、11月に京都のギャラリーでマルヒロ単独のポップアップストア&エキシビションを開催したのだ。

さまざまなアーティストや職人とコラボレーションした新作やアート作品の展示、ワークショップを展開して一大イベントとなった。これは、馬場さんの危機感の表れでもある。

「これまで右肩上がりで増えてきた波佐見町の出荷量が頭打ちになってきてるんですよ。産地工芸ブームの熱が若干冷めてきよるんと思います。だからこそ、これからはもっと毛色を明確にして、もっと発信せんばねって」

波佐見焼のブランドマルヒロ

京都で発表した、福井県の伝統工芸「越前漆器」、アーティストでプロスケーターの「マークゴンザレス」とコラボした重箱

波佐見焼のブランドマルヒロ

さまざまな柄があるそばちょこのシリーズ〈蕎麦猪口大事典〉

「今から僕らがしようとしよるのは、できるだけ下の世代に早めに焼き物に触れてもらって、焼き物=マルヒロと植え付けること。

今年の5月5日は、オイルワークスという九州のアーティストのライブ会場で、3歳の子どもからひとりでできるような簡単なワークショップをやるんですよ」

若者たちにマルヒロの名を知ってもらい、親近感を持ってもらうために、馬場さんがもうひとつ計画していることがある。それは、波佐見町に公園を作ること。

「波佐見町には子どもたちがのびのび遊べるような公園がないんですよ。だから今、1000坪の土地を買って、公園を作ろうとしています。そうしたら、若い子たちも面白い会社だから1回行ってみようかと思うかもしれない。

2022年には新幹線も通るし、隣町の嬉野には旅館があるし、ハウステンボスも旅行者増えとるけん、近場には色々コンテンツがあるとです。そこで波佐見町でもその公園が受け入れ先になればと思って」

2008年のマルヒロは、会社の粗利がわずか500万で、社員は6人だった。

それから10年が経ち、売上は3億円。社員は今年の7月、20人になる。馬場さんの給料は今や、最初の5万円から10倍を超えた。

波佐見焼のブランドマルヒロ

最近、力を入れている転写シール貼り放題のワークショップで作られた器

そして今年8月、馬場さんは社長に就任する。焼き物の作り方をまるで知らず、イチから学んだ男は今、新しい戦略を掲げ、全国を飛び回る。

マルヒロの成長物語は、馬場さんの成長物語でもあった。全国各地のアーティスト、クリエイターとつながる馬場さんが作る1000坪の公園はきっと、波佐見町の新しいランドマークになるだろう。




<取材協力>
マルヒロ




文 : 川内イオ
写真 : mitsugu uehara

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