さんち 〜工芸と探訪〜

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ルーツは“焼き物戦争”にあり。波佐見焼ふるさと巡り

投稿日: 2018年3月17日
産地:
編集:
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近ごろ人気の波佐見焼。

雑誌やテレビなど、さまざまなメディアでその名を目にする機会が増えています。

でも実は、波佐見焼は日用食器として昔から日本各地で使われてきたものなんです。「家にある食器が実は波佐見焼だった」なんてことは、よくあります。大手牛丼チェーンの磁器の丼なんかも波佐見焼。きっと、皆さんの家にも一つや二つはあるはずです。

波佐見焼

どこかで見た覚えがある器がありませんか?

波佐見焼

小さいころ、家族旅行で行った旅館にあったような…

無意識のうちに私たちの身近にあった波佐見焼とは、いったい、どんな焼き物なんでしょう?

波佐見焼のことが知りたくて、そのふるさとを巡ってきました。

「陶芸の館」で波佐見焼のルーツを知る

波佐見巡りのスタートは、やはり、町をあげての産業である波佐見焼の歴史を知ることから。

はさみ観光ガイド協会会長の石原正子さんに案内役をお願いし、まずは波佐見有田ICから車で約5分の場所にある、やきもの公園内の「陶芸の館」を訪れました。ここでは、およそ400年の歴史を誇る波佐見焼の歩みを辿ることができます。

陶芸の館外観

観光交流センターも兼ねた「陶芸の館」

「波佐見で最初に作られていたのは陶器だったんですよ」と石原さん。

波佐見焼といえば磁器ですが、その始まりとされる1580年ごろに焼かれていたのは陶器だったといいます。そのころ、磁器が作られていたのは中国と韓国。日本にはまだ磁器を作る技術がなかったそうです。

“焼き物戦争”勃発!?

転機は豊臣秀吉による朝鮮出兵、文禄・慶長の役 (1592~1598年) でした。石原さんによれば、この戦い、別名「焼き物戦争」とも呼ばれているのだとか。

というのも、各地の大名たちが、焼き物の高い技術を得るために朝鮮からたくさんの陶工たちを連れ帰ったからです。波佐見があった大村藩も例外ではありません。こうして、波佐見でも陶器だけでなく磁器の生産が始まったといいます。

陶芸の館 展示パネル

九州各地の古窯は“焼き物戦争”がきっかけで誕生したものが多くあります

その後、波佐見町東南部にある三股 (みつのまた) で陶石が発見され、1630年代になると本格的に磁器生産へと移り変わっていきました。1665年には皿山役所という、焼き物を管理する役所が三股に設置され、藩をあげての殖産政策が推し進められていきます。波佐見焼は地場産業としての地位を確固たるものにしていったのです。

波佐見焼、海を渡る

波佐見焼にとって2度目の転機は、17世紀半ばに中国で起きた内乱でした。内乱の影響で、中国産の焼き物の輸出が中断され、その代わりとして波佐見を含む肥前の焼き物に白羽の矢が立ったのです。東南アジアを中心に、海外へと輸出され、窯の数も職人の数も一気に増えていきました。

波佐見焼

石原さん曰く、「底の深い大きなどんぶり鉢は、当時の日本の食生活にはないもの」。海外向けの商品として作られていたそう

庶民のための磁器へ

まさに文字通り、海を渡り、波に乗っていた波佐見焼でしたが、1690年ごろに中国の内乱が収まると、波佐見焼の海外輸出量は減少。そこから、「くらわんか茶碗」と呼ばれる国内向けの日用食器を量産していくようになります。

「絵柄もサッと描けるものが多いですね。日常使いの器を念頭に、大量生産できる工夫が随所に施されるようになりました」

波佐見焼

重ねた器同士がくっつかないよう、ドーナツ型に釉薬をはぎ、十数枚を重ねて一気に焼く「蛇の目釉剥ぎ」という量産のための工夫も

波佐見焼

中央の五弁花 (ごべんか) は波佐見焼によく用いられた文様の1つ。コンニャクのように柔らかい素材でできた「コンニャク印判」で効率よく絵付けをしていたそう。ちなみに判の素材の正体はいまだに謎なんだとか

江戸時代の中ごろには、巨大な登り窯がいくつも築かれ、波佐見焼は庶民のための磁器として日本中に普及していきました。そして、今日の波佐見焼へと続いてきたのです。

世界のあんな窯やこんな窯もあります

陶芸の館を出たら、やきもの公園の野外博物館「世界の窯広場」へ。世界各国のさまざまな窯が野外展示されており、「窯」とひとくちに言っても実に色んな種類があることがわかります。

やきもの公園

ボトルのような窯は、その名も「ボトルオーブン」。イギリスで焼き物が工業化されたはじめたころの窯だそうです

やきもの公園

古墳から出土される須恵器が焼かれていた穴窯

やきもの公園

龍窯(蛇窯)。中国やタイでは50m以上のもので大きな水がめなどを焼いているそう

いろんな窯を見ていると、やっぱり見たくなるのが波佐見焼の窯。

次回、かつて波佐見焼を大量に生み出した世界最大級の登り窯跡が存在するという中尾山へ向かいます。




<取材協力>
長崎県波佐見町観光協会
http://hasami-kankou.jp/
はさみ観光ガイド協会
http://hasami-kankou.jp/guide

文:岩本恵美
写真:岩本恵美、波佐見町観光協会
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