さんち 〜工芸と探訪〜

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松岡正剛×中川政七対談「工芸と歴史」 後編「工芸を”変換”して”物語”を生み出す」

投稿日: 2016年11月21日
産地: 読みもの
タグ:
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こんにちは。さんち編集部の尾島可奈子です。2016年に創業三百周年を迎えた株式会社中川政七商店。その十三代当主である中川政七と、各界を代表するゲストが互いの専門分野をクロスさせて語らう連載「工芸×◯◯」。

第1回のテーマは「工芸×歴史」。”知の巨人”として名高い日本文化研究の第一人者、松岡正剛氏をゲストにお迎えしています。前編は工芸業界の特殊性の話から言葉の歴史まで、早速テーマの奥深くへ入り込む展開に。後編は松岡さんから頂いた「バックミラーで歴史を映しながら前へ進む」という言葉をヒントに、いよいよ工芸の歴史と、そして未来について、対談が進みます。

前編「工芸界のニュータイプ!?」はこちら

弁慶の七つ道具と工芸の意外な関係

中川:改めて工芸の歴史を振り返ってみると、工芸とは、そもそも自分たちが使うものを自分たちの手で作るところから始まっていると思います。そこから始まって、権力者がお抱えで作らせていた時代がある。利休の黒楽茶碗みたいに、自分で作るのではなくプロデューサー的な人が出てくる。さらに時代が進んで一般庶民も工芸品を買うようになって、量が必要だから効率的に作るようになる。それが商売になると思ってだんだん産地が形成されて流通も発達してくる。時代背景が変わるとそれに応じて工芸を取り巻く環境も変わる。だからその度に工芸のあり方も変わってきたのです。

松岡:工芸はいつでもその時代の長所と短所を技術面と意匠面の両方で抱えながら生まれ育ってきています。ただ生活技術やファインな表現技術にくらべると、少し遅れてセットされていく。

中川:それが遅れると衰退になるし、遅れなければ常に産業として成立していく。ここ30年のことを言うと日本の産地の出荷額は1/4以下になってるわけで、間違いなく工芸の世界は衰退しているんですよね。衰退の理由ははっきり分かっています。それは物を作ってる人と使う人の間が、時代と共にすごく遠くなってしまったことです。その時期に商売として栄えたからこそ人が集まってくるんでしょうけど、結果的には距離ができてしまって衰退の時代を迎えて今に至っています。それが未来への一つの示唆でもあると思うんです。

松岡:そこを中川政七商店はどうしようとしているの?

中川:当たり前のようですけど、距離が近くなればいいんじゃないかって思いました。とはいえ、自分で作って自分で使うわけにいかないので、今の時代における近くなるって何なのかを考えました。
その一つの解答は、「産業観光」なんじゃないかと思っています。産業観光というと世界遺産に認定された富岡製糸場のような産業〈遺跡〉を見学に行くものを思い浮かべがちなのですが、僕の言う産業観光は、生の産業を見に行く観光です。

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現在進行形で動いている工芸の現場を見るのは刺激的だと思います。その兆しは既に出ていて、新潟の燕三条地区が年に1回だけ「工場の祭典」というオープンファクトリーを開催しています。ふだん稼働している生の職人の現場を開放しているのですが、扱うものが金属なので火もあって派手なんです。見たら誰でも「おー」ってなるし、そこで作られた物が横で売られているとやっぱり欲しくなる。全国から3万5千人を超える人が来ています。そういう作る人と使う人の近さが、もしかしたら一つの未来像なんじゃないかなと思うんです。
昔は流通が発達して物を動かしたけれど、今は人を動かしてそっちへ寄せていく。そうするとその現場だけじゃなくその周辺の土地性も含めて楽しめる。産地に来て見てもらうことが工芸の未来だと思うんです。

松岡:そういう意味では、歴史の中にも産業観光的なことはあったと思います。例えば奥州平泉で秀衡椀という器が作られる。そこには金が関わりますね。産業があるレベルに達すると、「奥州でなぜかおもしろいものが出来上がって都にまできた」と伝播します。するとどんなものだろうとみんなが見に行くんですね。奥州街道をずっと越えて、未知のものを見に行く。 義経の奥州下りに出てくる金売吉次(かねうりきちじ)は金の商人だし、弁慶が持っていた七つ道具は鉱山開発の道具です。そのうち義経と弁慶の物語がそうだったように、工芸だったものがお芝居になり、技術だったことが謡曲にもなる。これも観光であり、文化なんです。

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中川:弁慶の七つ道具も、実は土地の工芸と関係していたんですね。

松岡:奥州に不思議なものがあるというのが噂になって、メディアが伝える。物がいいということだけではなく、たくさんの物語がくっついて、進化するんです。これらがいずれ浮世絵にもなり、最後には童謡のようなものにもなる。メディアを次々と乗り換えながら工芸がアートや物語になっていきます。「工芸の復活」ということが我々の一つの目標だとして、そこに何が足りないかというと、もちろん投資や職人さんの力などもありますが、こういった「変換」が必要なんだと思うんです。

中川:変換というのはどういうことですか? 

Historyから新しいStoryを生み出す

松岡:お茶を例にすると、お茶摘み自体の観光力も多少はありますが、それが茶の湯に変換されたことが大きかった。「ちゃっきり節」という民謡になったり、それが鉄道唱歌になったりした。そのうち駅弁とお茶がワンセットになっていった。そういう変換が起きていくことが重要なんです。 ありとあらゆるものがかつては工芸品にくっついていたんですね。これらの変換によって次々と観光の資源が生まれていたんです。
最近の浴衣にしても、夜店や花火に着ていく人は増えていますが、それだけでは物語の数が少なすぎる。もっと祭りやコンサートやスポーツ観戦にも結びつくべきです。 産業観光というものが起こるんだとすれば、もっといろいろなものが変換され、転用され、転写されて増えていった方がいい。

中川:なるほど。松岡さんが本で書かれていた「物語を構成する5つの要素」を思い出しました。 物語の舞台となる「ワールドモデル」がまずあって、そこで「ストーリー」が繰り広げられる。「ストーリー」を進めるのは物語を生きる「キャラクター」と象徴的な「シーン」、そして読み手と物語の世界をつなぐ「ナレーター」、でしたね。
僕は、そういう物語をちゃんと作って多くの人が興味を持ってくれれば結果的に生き残っていけるし、商売として成り立つと信じています。僕らはたまたま工芸にいるからそれが起点、「ワールドモデル」になるわけですが、それだけじゃ物語は起こらない。だから昔のことを調べるんです。あるいは職人さんに専門的なことをいっぱい教えてもらう。彼らが「キャラクター」になることもある。 昔からのいろんな面白い話があるわけじゃないですか。それがまさに文化だと思うんです。それらをていねいに勉強しながら、その中にある面白いタネ、「シーン」や「ストーリー」や「キャラクター」を見つけ出してきて、変換する。僕らが「ナレーター」になるんです。
変換してたくさんの物語にすることでそれは伝わるし、伝わるとそこに物が売れるということも付いてくる。それが膨らんできて、ある一定の膨らみになると人が来始めるんだと思います。それは、ずっと中川政七商店がやっていることです。だから工芸じゃなくても実はできると思うんです。お酒であっても農作物であっても。

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松岡:そうそう、そういうふうになった方がいいですね。今の日本を面白くするには、工芸もお酒も書も花も全部が一斉に立ち上がらないと駄目なんです。 今の日本の多くの企業のように、グローバルで勝ち組になるしかないっていうロジックだけではいけません。だって勝つのは少数だから。勝っても負けても成立する物語がもっと増えないといけません。 Historyという言葉にStoryという言葉が入っているように、歴史をめぐる面白さはやっぱり物語性なんですよ。

中川:歴史や背景をきちんと見ない限り新しい物語は紡がれないと思っています。創業三百周年という節目は、まさに歴史をバックミラーで見ながら未来に向けた物語を考える、ちょうど良い機会だったと思います。歴史の中から工芸や産地の新しい物語を紡いでいくことを、ひたすらずっと、やっていくのが僕らの生業なのかなと思います。

松岡:ぜひそうして下さい。これからの活躍を楽しみにしています。

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話者紹介

松岡 正剛(まつおか せいごう)
雑誌『遊』編集長、東京大学客員教授、帝塚山学院大学教授を経て、現在編集工学研究所所長、イシス編集学校校長。日本文化、芸術、生命哲学、システム工学など多方面におよぶ思索から情報文化技術に応用する「編集工学」を確立。日本文化研究の第一人者として「日本という方法」を提唱。システム開発、企業プロデュース、地域文化再生など多彩なプロジェクトを手掛ける。

中川 政七(なかがわ まさしち)
中川政七商店代表取締役社長 十三代。京都大学法学部卒、富士通株式会社を経て中川政七商店へ。「遊 中川」「中川政七商店」「日本市」などのブランドで直営店出店を加速させ、工芸をベースにしたSPA業態を確立。「日本の工芸を元気にする!」をビジョンに掲げ、業界特化型コンサルティングを各地で行う。2016年11月、十三代政七を襲名。

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写真:井原悠一

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