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工芸とは。ことばの意味と、歴史・現在・未来

投稿日: 2020年5月21日
産地: 読みもの
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私たちの暮らしの中に数多く登場する工芸品。生活雑貨から伝統工芸品と呼ばれるものまで様々なものが工芸品として語られますが、そもそも「工芸」とは何なのでしょう。

基本の言葉から歴史まで、いま改めて「工芸」を探訪します。

もくじ

工芸とは
「工」「芸」という文字の成り立ち
工芸のきほん
 ○伝統工芸?民藝?美術工芸?
 ・「伝統工芸品」とは
 ・「美術工芸」とは
 ・「民藝」とは
 ・「生活工芸」とは
 ○工芸の種類
 ○数字で見る工芸

ビジネスモデル変遷に見る、日本の工芸の歴史
 みんなで作り、使う。石器時代
 ○旧石器・縄文時代
 ○弥生時代
貴族と職人の時代
 ○古墳・飛鳥時代
 ○奈良時代
 ○平安時代
 ○鎌倉時代
天下人と茶人の時代
 ○室町時代
 ○安土桃山時代
問屋と町人の時代
 ○江戸時代
国家と列強の時代
 ○明治時代
百貨店と民藝の時代
 ○大正時代
 ○昭和時代
地域とデザイナーの時代
産業観光の時代へ。日本の工芸のこれから

工芸とは

一般的には、日常生活において使用される道具類のうち、その材料・技巧・意匠によって美的効果を備えた物品、およびその製作の総称をさす。

もともと生活用具としての実用性を備えたもので、その点、彫刻や絵画と異なり、建築とともに応用芸術の一つとみなされる。工芸は材料によって陶磁、金工、漆工、木工、竹工、ガラス、染織、人形など多くの種類に分けられる。

「工」「芸」という文字の成り立ち

工芸の工の字は象形文字で、握りのついた「のみ」、あるいは「鍛冶」(かじ)に使用する台座を表したものといわれる。そこから手先や道具を使って物をつくること、その職人を意味するようになった。

鍛治

そこに、修練を積んで得た特殊な技を意味する「芸」の字とを合わせ、巧みに物をつくること、巧みにつくられた物を「工芸」と呼ぶようになった。

<関連の読み物>
「工芸」の起源は鍛冶にあり?
https://sunchi.jp/sunchilist/tsubamesanjyo/603

工芸のきほん

〇伝統工芸?民藝?美術工芸?

工芸の周りには様々な言葉が存在する。まずはそれぞれが何を表すのかを追ってみよう。ここでは一般的な定義をまとめる。

・伝統工芸 国や県指定の「伝統的工芸品」の違い

泥染めだけでなく、車輪梅をはじめ藍、福木、茜染めと鮮やかな天然染色のストールたち。色を重ねることで様々な色が生まれます

奄美大島で作られる天然染色のストール

「伝統工芸」という言葉は「伝統的な技法で作られる工芸品」という意味合いで広く使われているが、国や県が指定する「伝統的工芸品」には、指定のための条件が具体的に定められている。

国が指定するものは、下記5つの項目を全て満たし、「伝統的工芸品産業の振興に関する法律」に基づく経済産業大臣の指定を受けた工芸品のこと。2019年11月20日時点で235件が指定されている。

*主として日常生活の用に供されるもの
*その製造過程の主要部分が手工業的
*伝統的な技術又は技法により製造されるもの
*伝統的に使用されてきた原材料が主たる原材料として用いられ、製造されるもの
*一定の地域において少なくない数の者がその製造を行い、又はその製造に従事しているもの

これにより指定を受けた産地は、振興事業に対して国や自治体から支援を受けることができる。

・美術工芸

「色絵七宝透文手焙」 (京都市立芸術大学芸術資料館所蔵)

「色絵七宝透文手焙」 (京都市立芸術大学芸術資料館所蔵)

芸術作品や伝統工芸品、骨董品のこと。また、日本の有形文化財とされる建造物、絵画、彫刻、工芸品、書跡、典籍、古文書、考古資料、歴史資料などの有形の文化的所産のうち、建造物以外のものを総称して「美術工芸品」と呼ぶ。

・民藝

「民衆的工芸品」という考え方から生まれたことば。無名の職人達によって作られた日常的な庶民の生活道具に「用の美」や「健康の美」「自由の美」などさまざまな美を見出した思想家の柳宗悦 (やなぎ・むねよし) らによって提唱され、その後展開された「民藝運動」を経て広まった。

・生活工芸

高岡 大菅商店

日常的な暮らしの中で使われる道具としての工芸品を指して、こう呼ぶことがある。1980年代までは日本でも美術鑑賞的なものが主流だったが、バブル経済崩壊後、社会の変化とともに美的制作物も美術的・鑑賞的工芸から日常使いのものへの関心が高まっていった。

〇工芸の種類

ひとことに「工芸」といってもその種類は様々。使われる素材や加工方法によって分類されるものの代表例を見てみよう。

<木工>

波間の亀

波間の亀

木工とは、木材を加工して作った工芸品。木に彫刻する「彫物 (ほりもの) 」、薄い木材を曲げて作る「曲物 (まげもの) 」、木をくりぬいて作る「刳物 (くりもの) 」、板を組み立てて作る「指物 (さしもの) 」などがある。

より詳しくは:「日本の木工とは。木からうつわや家が生まれる、歴史と技術

<漆器>

漆器のお手入れ・使い方

木で形を作り (木地) 、ウルシの木の樹液塗って作る工芸品。漆には、水が染み込みにくい、酸やアルカリに強い、防虫、防腐性に優れているなどの特徴があり食器などに使われてきた。

より詳しくは:「漆とは。漆器とは。歴史と現在の姿

<竹工>

布バーラの縁

日本の竹工

竹工とは、竹を加工して作った工芸品。竹は軽く弾力性、耐水性に優れているため日用品として古くから活用されてきた。箸、茶筅、籠などの竹細工がある。

<石工>

石像を加工中の職人

石工とは石を加工した工芸品。石灯籠、五重の塔、鉢物、彫刻物などがある。石灯籠は仏教とともに伝来し、平安時代にはすでに神社仏閣の常夜灯として置かれていた。

より詳しくは:「石工とは。日本の「石」にまつわる工芸品、その歴史と現在の姿

<染物>

加賀友禅

染物とは、織りあがった白生地に様々な染料で模様を描いた生地。糸でくくったり板に挟んだりして防染し白い部分を残す「絞り」、模様を切り抜いた型紙を用いて柄を染める「型染め」や「小紋 (こもん) 」、防染糊で模様の輪郭を描く「筒描 (つつがき) 」、防染した内側を染める「友禅」など、時代を追うごとに様々な染め技法が生み出されてきた。

<織物>

手作業の部分が残っているからこそ、絶妙な風合いが出る

会津木綿の織りの様子

織物とは、色染めした糸を用いて織られた生地。糸の染め方や織り方によって様々な模様が作られる。ストライプやチェック柄を織りなす「縞 (しま) 」や「格子 (こうし) 」、一部を防染して白い部分を残した糸で織りだす「絣 (かすり) 」などが代表的。

<編物>

編む

編物とは、糸を編んで作った布や衣類、装飾品のこと。ニットやメリヤスとも呼ばれる。手編みのニットから機械編みのくつしたまで、伸縮性がある編物は独特の風合いがある。

<皮革>

皮革で製品を作っている様子

皮革で製品を作っている様子

皮革とは、動物の皮を加工したもの。なめしの技術により状態を安定させることで腐敗を防ぎ、柔軟性、弾性、耐熱・耐水性が高い素材となる。鞄、財布、靴などの生地として活用される。

より詳しくは:「「皮革」とは。「人類最古のリサイクル品」と呼ばれる技と歴史

<陶器・磁器>

長崎県波佐見町の工芸品 波佐見焼(はさみやき)

陶器・磁器とは、土をこねて作り、窯で焼いた焼き物。陶器は「陶土」を用いて作られ、土ならではの風合いがある。磁器の素材は「陶石」を砕いたもので、地の色が白く水を通しにくい。陶器は透過性がなく、磁器が透過性がある。

<和紙>

越前和紙の様子

和紙とは、植物の繊維を水に溶かし、簾桁 (すげた) という道具ですくって薄く平らにし水を切って紙にしたもの。破れにくく、丈夫。伝統的な和紙は「手すき」で作られる。

<金工品>

丸い部分が撞座。妙心寺の梵鐘の撞座はもっと上の位置にある

梵鐘も金工品のひとつ

金工品とは、金、銀、銅、鉄などの金属を加工した工芸品。例として湯釜や鐘、生活道具では包丁や鍋、カトラリーなど用途は幅広い。代表的な技法に鋳型に金属を流し入れて作る「鋳金 (ちゅうきん) 」、金属の表面に美しい文様を彫る「彫金」などがある。

<人形>

段飾り雛のおひな様

段飾り雛(大)のおひな様。手元の扇にも細やかな彩色が

国指定を受けた伝統的工芸品の人形は8品目。こけしなど木を彫って作られる「木彫り人形」、木彫の人形に溝を掘って布を挟んで着せつける「木目込人形」、「土人形」、「衣装人形」などの種類がある。

<ガラス>

薩摩切子カットの様子

原料を加熱して自由自在に加工するホットワークと、すでに出来上がったガラスを常温で削り出して加工するコールドワークに分けられる。ホットワークの代表例としては肥前びーどろ、佐賀ガラスなど。コールドワークには、江戸切子、薩摩切子などがある。

〇数字で見る工芸

・誕生:日本では紀元前1万年ごろ
・「伝統的工芸品産業の振興に関する法律(伝産法)」:1974年公布
・国の伝統的工芸品指定:235件

ビジネスモデル変遷に見る、日本の工芸の歴史

日本の工芸はどのように始まり、どう変遷してきたのか。ビジネスモデルの視点で眺めてみると、「作り手と使い手の距離感」や、工芸を取り巻く「周辺の人々」の変化が見えてくる。

編集工学研究所と中川政七商店が共同開発した、工芸の歴史をビジネスモデル変遷で総覧する「工芸クロニクル」の視点を借りて、石器時代から現代に至るまで、日本の工芸の来た道をたどってみよう。

みんなで作り、使う。自給自足の石器時代

出雲の勾玉

※紀元前10,000年頃〜600年頃

原始時代は基本的に小さな共同体で自給自足が成立していた。そのため、当時の工芸は「みんなで作り、みんなで使う」ものだったと考えられており、貨幣経済の中で流通する付加価値を持った「商品」にあたるものは存在していなかった。しかし、特定の産地の原料を使ってものづくりをするという意味においては、「石鏃 (せきぞく) 」は工芸の原型のひとつとも言えるかもしれない。

弥生時代となると、農業共同体の定住にシフトし、貧富・身分の差が生まれた。階級社会の発生により、生産用具を所有する者と一定期間労働力を提供する者、つまり「作る者と使う者」が分化された。

〇旧石器・縄文時代のトピック
・人々の暮らし:狩猟・採集の生活を送り、石の道具を用いていた。
・生活用具としてシェアされることが基本で商品としての工芸品は存在していなかった。
・木器や石器、骨角器、粘土を焼いた土器(縄文式土器)が大量に作られた。

〇弥生時代のトピック
・ (紀元前2世紀頃) 大陸から稲作の技術とともに、青銅器、鉄器といった金属器の文化
・弥生時代:農耕を基本とする共同体。農耕によって人々は村落に定住。
・青銅器 (銅鐸、銅鉾) の他、刃物など鉄製の工具は木工技術が急速に発展。
・木製の農具や織具も作られた。
・呪術性のある工芸 (土偶など) が登場する。

貴族と職人の時代

写真提供:奈良市観光協会

東大寺大仏 (写真提供:奈良市観光協会)

律令国家・官僚社会の形成にともない、権力者の依頼によって専門の職人が工芸品を制作するようになる。「職人」という言葉はまだ生まれていないものの、この頃が職人の起源と考えられている。当時の工芸品は、民衆の手には届かない高級品であり、貴族や特権階級の権力を象徴するものであった。

また、仏教が伝来し、中国や朝鮮からの渡来者によって木工、金工、製紙などの技術がもたらされ、国内技術の大きな発展と唐風化が進んだ。

〇古墳・飛鳥時代のトピック
・貴族に仕える役職として職人が生まれる。※「職人」の名称は当時はない
・工芸品は奢侈品であり、貴族や特権階級の権力の象徴であった。
・仏教が伝来し、寺・仏像づくりが始まった。
・木工、金工、製紙が伝来した。

〇奈良時代のトピック
・東大寺大仏は木工や金工の最高技術で作られた。
・正倉院宝物 (国内で作られたもののほか、異国色豊かな輸入品が多数保存されている)
・納税制度「租庸調」により、地方の絹・麻布・漆・鉄などの特産物が税に。
・各地の支配者が特産物の生産に注力し、工芸が根付く基盤となった。

894年に遣唐使廃止が廃止され、これ以降は中国から伝わった文化と日本の美意識がとけあった国風文化が発展する。貴族政権の成立、荘園体制による在地領主層の台頭が起こり、貴族の経済的依存先となる。権力構造の変化により、貴族から富裕層へ技術と生産用具の開放がなされた。

12世紀には権力者の依頼によって専門の職人が工芸品を制作する工芸生産モデルが確立する。代表的な工芸品は、平泉で作られた秀衡椀 (ひでひらわん)。このモデルは平安時代に京都より始まり、奥州藤原氏によって東北へも伝播した。

第3代藤原秀衡が、中尊寺金色堂造営のために京都から招来した職人に作らせたのが秀衡椀だ。平泉特産の漆と金をふんだんに使った豪華な椀は、木地を削り形作る「木地師」や、漆を塗ったり装飾を施す「塗師」の手により作られた。こうした専門の「職人」という存在がこの時代に生まれた。

〇平安時代のトピック
・国風文化が発展し、新たな建築様式「寝殿造」が生まれるなど日本独自の様式が生まれる。
・地方豪族や領地内の人々のための生活用具を生産する、独立した工人が現れる。 (工芸生産の専業者が出現)
・木工の発展が発展し、仏像が数多く作られる。

〇鎌倉時代のトピック
・武士の台頭により、飾り気のない力強さを好む気風が文化に現れる。
・東大寺南大門の金剛力士像などの彫刻が生まれる。

天下人と茶人の時代

千利休をはじめとする「目利き」と呼ばれる人々が中心となり、工芸品のデザイン、製作、流通、消費の方法までをプロデュースする生産モデルが登場する。ビジネスモデルの観点で言えば、利休は工芸界に現れた最初のプロデューサー (ブランドマネージャー) だったと言える。彼らは新たな価値観を世に送り出す存在だった。

この価値観は新たな時代の象徴にもなり、時の権力者によって庇護の対象となることもあった。「茶の湯」を確立させた千利休と秀吉の関係が代表例と言える。

生活文化の推進者は都市を背景とした商人や職人などの町衆と郷民へとシフトしていく。庶民が作る生活用具を、大名と家臣を主体とした消費者層が使うという関係が生まれ、互いに影響しあうようになる。こうした時代背景から生まれたものには、和食、和風住宅、和服など現代における生活様式や文化のルーツとなっているものも多い。

〇室町時代のトピック
・中国伝来の禅宗の影響で建築様式が変化、茶の湯の文化が広がる。
・中国の宋や明との貿易で、扇・漆器・刀剣などを輸出。
・従属的立場だった技術者 (鍛治・鋳物・木工など) が、専門の職人としての地位を確立。
・職人の作る余剰製品の一部が「市」で売られるようになり、庶民に工芸品が広まる。

〇安土桃山時代のトピック
・朝鮮、中国の技術輸入により、食器や容器の量産が可能に。
・絹織物の発展 (繻子織、撚糸・博多、堺、京西陣) 、木綿織物の勃興、染物の新技術 (絞り染、辻が花、型染め) の誕生。
・南蛮貿易によりヨーロッパ文化が伝来。工芸デザインの幅が広がる。
・「茶の湯」周辺の工芸品の発展。
・朝鮮出兵時に連れ帰られた朝鮮の陶工により「磁器」生産の開始。

問屋と町人の時代

奈良晒し 資料

鎖国により日本独自の文化が発達した江戸時代。町人の生活文化が発展し、トレンド発信の担い手となっていった。文化の中心が庶民となったことで、庶民生活のための生活用具も進化を遂げながら充実した。

流通を担う「問屋」が登場する。あらゆる地方で工芸品が交易され、特に江戸では数多くの工芸が売買された。

各地の藩では、城下町に手工業の同業者を集めて保護、育成を図り、特色ある手工業の発展に務めた。これにより「産地」が生まれ、現在の特産品、名産品の原型となる。流通においては、江戸に結成された「十組問屋」の船便が物資の安定供給を実現した。

〇江戸時代のトピック
・食生活の変化 (三食・個卓の食事方式の定着) により、膳、漆器、飯茶碗が食器の中心となる。
・町家が定型化したことにより、商品抽斗、衣裳箪笥、座布団、炬燵などの新しい家具が生まれる。
・小袖が定着し、女性の晴着として模様小袖が発展する。
・工芸とその造形が多彩になり、工芸品の多くの技術が江戸時代に完成した。

国家と列強の時代

薩摩切子

明治維新を経て、工芸は大きな転機を迎える。政府が富国強兵、殖産興業を掲げ、西洋列強に追いつけ追い越せの時代。殖産興業の一環で工芸の生産振興が始まった。外貨獲得の手段、近代国家としての独自性の誇示、中産階級の奢侈品、などの目的のため工芸品の「近代化」が行われた。

振興策として、美術学校、染色学校の設立、機械化による生産の拡大や、外国人技術者の招致による最先端技術の導入を実施。江戸時代後期に誕生した江戸切子は、殖産興業の一環として、1873年に大規模な生産が開始された。

海外輸出を視野に、陶磁器、漆器、銅器、七宝焼きなどの工芸品を出品した1873年のウィーン万博では好評を得て、日本は「美術工芸の国」であると高い評価を受けた。

〇明治時代のトピック
・殖産興業の一環として、江戸切子など工芸品の生産振興が開始。
・お雇い外国人としてフェノロサやワグネルを招致。日本の工芸技術の発展に寄与した。
・「美術工芸の国」と国際的にも評価を受ける。
・庶民の暮らしも西洋化する。

百貨店と民藝の時代

百貨店での展開でブランドを確立した大島紬

百貨店での展開でブランドを確立した大島紬

20世紀に入ると工芸の流通は劇的に変化する。1904年デパートメントストア宣言があり、流通網が整備された百貨店が流通の中心を担うこととなった。百貨店ではさまざまな工芸品が扱われ、消費者と職人の間で円滑な売買を実現した。

1926年には、柳宗悦らによる「民藝運動」が始まった。日常的な暮らしの道具の中に「用の美」や「健康の美」「自由の美」などのさまざまな「美」が見出され、新しい価値観が浮上した。また、1907年に開始された文部省美術展覧会 (通称・文展) において当初排除されていた工芸部門が1927年には“美術工芸部門”として新設。国の「伝統的工芸品指定」の開始など工芸に対する社会的な地位にも変化が見られるようになった。

しかし、第二次世界大戦時が起こると軍需品生産優先により、工芸品の荒廃を招くことに。戦後に復興、工芸品産業活動が始まるも、高度経済成長期の大量生産・大量消費の加速により規格化・標準化された安価な生活用具が大量に出回り工芸の衰退が進む苦境に立たされる。

その後、1950年代後半〜70年代に第二の民藝ブームが到来し再び日本各地の工芸品が注目されることになる。

○大正時代のトピック
・海外のモダンデザインや工芸品の影響を受ける (大正時代) 。

○昭和時代のトピック
・柳宗悦らによる「民藝運動」がはじまる (1926年)。
・工芸品の工業化を目的とした工芸指導所、工業試験場が設立される (1928年) 。
・柳宗悦、濱田庄司らによって日本民藝協会が設立される (1934年) 。
・日本民藝館が開館 (1936年) 。

地域とデザイナーの時代

マルヒロ「HASAMI」

1983年には無印良品、1984年にはユニクロがそれぞれ一号店を開店。

2000年代にはファストファッションが台頭し、誰でも、どこでも、手頃な値段で一定の品質・デザインの衣服や生活用具を手にできるようになった。

工芸業界では、大企業からの受注生産を主とした時代を経て、地域の小規模企業や地方自治体が自らデザインを提案、製品化して流通・販売する工芸の制作スタイルが生まれるようになる。様々な産地で、工芸を現代のライフスタイルにアップデートする取り組みが行われてきた。

事例としては、創業400年の老舗である菊地保寿堂と、フェラーリのデザインなどを手がける奥山清行氏の手によって誕生した「山形鋳物」のブランドが挙げられる。

イタリアの小規模デザイン工房「カロッツェリア」の方法を取り入れ、山形県庁のバックアップを得て「山形カロッツェリア研究会」を発足。研究会発の産地ブランド「山形工房」を立ち上げ、山形から直接海外のトップランクの見本市に製品を持ちこんだ。ここで大きな反響を得たことからバイヤーが殺到し、海外での評価を勝ち取った。

産業観光の時代へ。日本の工芸のこれから

中川政七商店「新潟博覧会」

工芸のあり方は様々な変遷を遂げ、技術を発達させてきた。

近年、「日本のものづくり」が大きく見直され、数々のメディアでも工芸や民藝という言葉を見かけるようになった。ある種のブームと言える状況だが、ものづくりの実態は印象と大きく異なる。

伝統工芸品の産地出荷額は1983年 (昭和58年)の5,400億円をピークに、2014年 (平成26年) には1,000億円となり、30年で約5分の1の規模へと減少。担い手の不足や高齢化の問題を抱え、絶滅の危機にあると言っても過言ではない。特に、産地の多くは分業制でできており、一工程でも支え手が欠けてしまえば、ものづくりは成立しなくなってしまう。

こうした危機感のもと、2017年には日本全国の工芸産地の自立と、100年後も続くものづくりを目指し、各地の作り手が集う一般社団法人日本工芸産地協会が設立された。

また、産地全体を活性化するビジネスモデルとして、近年注目されてきたのが「産業観光」モデルだ。

工芸品は、量産品と比べると価格が高く、一見だけでは良さがわかりづらいものが多い。特に近代以降、職能の分化が極端に進み、作る人と使う人の距離が次第に遠くなっていった日本では、使い手が共感できる、作り手の背景や想いの発信が工芸存続の鍵となる。

「産業観光」では、人が実際に工芸産地を訪ね、ものづくりの現場を見学、体感する。ものづくりとともに産地の食や文化の魅力にも触れ、暮らしの中に持ち帰って親しむ。作る人と使う人の距離を近づけるビジネスモデルだ。

取り組みはすでに始まっている。以前さんちでも紹介した「燕三条 工場の祭典」は、まさに産業観光の先駆けだ。

新潟県の燕三条エリアは、刃物、洋食器などの数多くのメーカーが集積する、日本有数の金工の町。2013年から始まった工場見学イベント「燕三条 工場の祭典」では、パン切り庖丁の「庖丁工房タダフサ」や燕鎚起銅器の「玉川堂」など有名メーカーをはじめ、町中の工場が普段は閉ざされた製造現場を一斉に解放する。

2017年 工場の祭典

ものづくりの熱気を間近で体感できるイベントは人気を呼び、県外からも多くの人が訪れている。イベントの影響もあり、三条の鍛冶職人はここ数年フル稼働の状況が続いているという。まさに産業観光により産地全体が活気づく好事例と言える。

この燕三条のケースのように多くの人が各地で産業観光を楽しむ未来を目指して、「産地旅」のおともとなるべく、中川政七商店が2016年11月にオープンしたのが、ウェブメディア「さんち 〜工芸と探訪〜」。

2020年の今、日本のものづくりは新たな難局に立っている。

しかしそんな時だからこそ、作る人と使う人が距離を超えて近づき、暮らしの中で自然と工芸に親しむ「開かれた工芸」の未来を目指して、「さんち」は1日1本、「使ってみたくなる」「いつか訪ねてみたくなる」工芸の物語をお届けする。

<関連の読みもの>
「産業観光とは?燕三条 工場の祭典の事例に見る産地の未来」
https://sunchi.jp/sunchilist/tsubamesanjyo/4142

「百聞は一見にしかず、産業観光が切り拓く工芸産地の未来」
https://sunchi.jp/sunchilist/craft/8629

「『工芸と歴史』松岡正剛と中川政七が語る工芸の変遷」
https://sunchi.jp/sunchilist/craft/3176

<参考>
・大牧圭吾 監修『子どものための日本手仕事図鑑』オークラ出版 (2017年)
・国土社編集部 編『都道府県別 日本の伝統文化』国土社 (2014年)
・遠藤元男・竹内淳子 著『日本史小百科11 工芸』 近藤出版社 (1980年)
・財団法人 伝統的工芸品産業振興協会 監修『ポプラメディア情報館 伝統工芸』 ポプラ社 (2006年)
・小野寺優 著『わくわく発見!日本の伝統工芸』河出書房新社 (2017年)
・工芸クロニクル
http://kogei-chronicle.jp/
・伝統的工芸品産業振興協会公式サイト
https://kyokai.kougeihin.jp/
・一般社団法人日本工芸産地協会サイト
https://kougei-sunchi.or.jp/
・日本民藝協会公式サイト
http://www.nihon-mingeikyoukai.jp/
・文化庁公式サイト
https://www.bunka.go.jp/index.html
(以上サイトアクセス日:2020年5月20日)

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