さんち 〜工芸と探訪〜

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仏師という仕事の魅力とは。仏像好きのプロボクサーが出会った天職

投稿日: 2019年7月12日
産地: 読みもの
編集:
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「ボクシングを始めたのはマイク・タイソンの試合を見て憧れて。若気の至りですよね」

高校2年の終わりに始めて、フェザー級のプロボクサーとしてA級ライセンスを取得。ボクシングの聖地、後楽園ホールでも闘った。

ちょうど10年の節目を迎える前に、迷いが出始める。

「ボクシングってやっぱり若い頃しか出来ないスポーツだと思うんです。そこで花開くか開かないか、だんだん歳を重ねると分かってきますよね。どんなスポーツでもそうですけど」

プロボクサーは17〜36歳までという年齢制限がある。当時25・6歳。20代も半ばを過ぎ、ボクサーとしても折り返し地点。これからを考えるようになっていた。

やめようか。

そんな思いを抱きはじめていたある日、何気なく手に取った新聞の折込チラシが目に留まった。

「そういえば、小学生の頃から好きだったな、と。はじめは全くの趣味で通い出したんです」

仏像彫刻のクラスを開講するという、カルチャーセンターの案内だった。

プロボクサーの転向先は

河田喜代治 (かわた・きよはる) さん。職業は仏師。

ボクサーから仏師へ 河田さん

仏師とは造仏師の略で、仏像を作る仕事。修復も行う。

大きな専門機関もあるが、河田さんのように個人でお寺から依頼を受けて仏像の新作や修復を手がける仏師もある。

工房には修理中の仏像が並ぶ

工房には修理中の仏像が並ぶ

仏師は仏像の素材に応じて専門が分かれる。河田さんは木彫専門。新作を作るときは、こうした像の持つ道具ひとつずつ、木から彫り起こしていく

仏師は仏像の素材に応じて専門が分かれる。河田さんは木彫専門。新作を作るときは、こうした像の持つ道具ひとつずつ、木から彫り起こしていく

現在工房を構える滋賀では「知る限りでは10人、京都なら100人近くいるのでは」とのこと。

「古い仏像の数は、やはり関西が多いですから」

地元の千葉で3年修行したのち、県内の修理所に学ぶため奥さんとともに滋賀に移住。7年の弟子入り期間を経て2012年に独立した。

修行期間を数えれば、ボクシングに夢中になっていた歳月と同じ、およそ10年の月日になる。

きっかけは楽しく通い出したカルチャーセンターの仏像彫刻クラスで、先生からもらった一言だった。

「曲線をみるのが上手いね」

思わぬ才能と蘇る記憶

「仏像って、基本は『丸』で出来ているんです。赤ちゃんの体型を神格化させたような姿というか」

オリジナルで手がけた「誕生仏」。どこをとっても仏像は丸みを帯びている

オリジナルで手がけた「誕生仏」。どこをとっても仏像は丸みを帯びている

「例えば顔のつくりでも、平面のようでうっすら曲線があったり、同じ曲線でも、わずかな角度の違いがあったりするんですね。

特に修復の時は、元々の仏像が持つ曲線にそって直すことが大事になります。それで表情や雰囲気が全く変わってくるので」

そんな重要な曲線を、つかまえるのが上手いと河田さんを褒めた先生は、まさに仏像修復を専門にしているプロの仏師だった。

クラスに1年通ったのち、腕を見込んだ河田さんに先生が「ちょっと手伝わないか」と声をかけた。

なかなかカルチャーセンターから本業にする方も珍しいのでは、と聞くと「運が良かったんですね」と一言。

「あと、タイミングかな」

思い返せば小学生のころから不思議と仏像が好きだった。

修学旅行でお寺に行くと、熱心に仏像を眺めた。時々粘土で手作りして遊んだ。

「例えば室生寺の釈迦如来は、顔と手がとてもきれいなんですよ。お顔で言ったら室生寺のこのお像が、一番好きです。

鼻先から指先、シルエットまで曲線から全てから、すっとこちらの姿勢を正してくれるような佇まいで」

今の河田さんに好きな仏像のことを聞けば、惜しみない賛辞の言葉が溢れでてくる。

高校でボクシングと出会い、夢中になった10年。迷いの中あのチラシと出会うまで、すっかり忘れていた感情だった。

「声がかかった時には迷いなく、是非と答えていました」

ボクシンググローブを外した手に今は、100以上の道具を握る。

仏師 河田さん
ボクサーから仏師へ 河田さん

「これでも少ない方ですよ、200、300持っている人もいますから」

修復にあたる仏像は、一体一体コンディションが異なる。

作られた年代や置かれていた環境、前回の修復の仕方や材料。

その状態に応じて、適切な道具を使い分けなければならない。

壁にずらりと並ぶ道具類

壁にずらりと並ぶ道具類

漆と木屑を混ぜ合わせたもの。乾漆という、表面を布張りで作るお像に用いる

漆と木屑を混ぜ合わせたもの。乾漆という、表面を布張りで作るお像に用いる

「修復の場合は、オリジナルの肌は絶対削らないことが何より大事です。

結局僕たちも、昔のいいものを見て技術を学んでいます。

削ってしまうと、なくなった部分っていうのは二度とわからないわけです。

後世の人たちの研究材料としても、大きな損害を与えてしまうことになる。だから手を入れるのは以前の修復の層だけです。

何より祈りの対象だから、それを削ってしまうというのはとても怖いことですよね」

わずかな力加減が致命傷となる。だからこそ自分の手先となる道具のひとつひとつに神経を使う。

「これだと錆びてる釘もうまく抜けるんです」と東寺の骨董市で見つけ出したという道具を披露する河田さんは、とても嬉しそうだ。

仏師河田さんの道具

ボクサーがカルチャーセンターで出会った、一生の仕事。

仏師としての仕事は、修復所の先生や、仕事でお世話になる道具屋さんなどの紹介で少しずつ実績を積み、今に至る。

まず小さな修復から。納めた先に腕を信用してもらえたら、同じところから次は新作の依頼が来る、というように。

初仕事の思い出をたずねると、控えめな答えが返ってきた。

「僕のものではないですし、やった!とかそういう達成感ではないですね。信仰の対象ですから。

安堵感しかないです。ようやくできたって」

作っている時も、ほとんど何も考えず、無心で取り組んでいるという。

次第に、勝ちをコツコツ積み上げる、ストイックで寡黙なボクサーにインタビューしているような気持ちになってきた。

仏師という仕事の「これがあるから続けていられる」ものは何ですか、と聞いてみると、

「いまの話そのものじゃないかな。自分じゃないものに、無心で向き合えるところです」

最後に見せてもらった現役当時の写真には、今と変わらず目の前の相手に一心に向き合う河田さんが写っていた。

ボクサーから仏師へ 河田さん

<取材協力>
河田喜代治さん

文・写真:尾島可奈子
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